ニュースを見てから読み始めた完全なニワカですが、同じように「話題になってるし読んでみようかな」って方の参考になれば。
カズオ・イシグロの作品のテーマ
この方、5歳の頃にイギリスに渡られた日系イギリス人です。
作品は英語で書かれているので、日本で売られているのは日本語和訳版。
カズオ・イシグロ作品は、(私がこれまで読んだところ)一貫して「信じていた価値観がぶち壊されたとき、人はどう生きていけばいいのか」がテーマになっています。
・生きていく中で自らの信条としていたこと
・仕事をする上での美学
・その時代にこれが必要なんだとされていたこと
…こういう、自分を支えていた価値観や理念が、他人や時代の変化などの「外界」によって崩されてしまったとき。自分の拠り所としていたものが、人からコテンパンに否定されてしまったとき。
そんなとき、人はどうやって自分を保っていくのか。どうやって生きていけばいいのか。
パラダイム・シフトにどう対応するのかは、物語の主人公によってそれぞれ異なります。共感できるものもあれば、アチャー…なものもある。
ただ、この不確実で変化の激しい時代に生きていく私たちにとって、カズオ・イシグロの主人公たちが壁に直面する姿は、決して他人事には思えないのです。
…ちなみにそんなテーマだから、どの作品もアタマからずーっとなんかちょっと陰気です。大きなハプニングやドタバタがあるわけではなく、日常が淡々と過ぎていくんだけどじわーっと暗くて、きっと明るいハッピーエンドなんかはなく、この先きっと嫌なことが起こる気がする…っていう空気が始終漂います。
そしてその想像通り、爽やかなエンディングなどはなく、美しい刺繍のテーブルクロスについたコーヒーのシミがずっと取れない…みたいな気持ちになって幕を閉じていく。
日本もイギリスも雨多くてジメッとしてるし、そういう気候が影響しているのかしら…。
それはともかく、各作品をご紹介。
カズオ・イシグロ入門編 4作品
Wikiによると長編小説は7作品ほど出版されているようですが、初めてなので「300ページ前後の短めの作品」だけ読んでいきました。
ものによっては文庫版でもえらい分厚いのがあるんですが、どんなのかもわからないままに500ページ以上のフルコースはちょっとハードルが高い…。
というわけで薄めの4冊を読んだので、読みやすい&面白かった順にご紹介します。
1. わたしを離さないで
個人的にはダントツでこれが面白かったです。
映画化もされている名作。日本でテレビドラマ化もされたそうです。
舞台は1990年代のイギリス。主人公のキャシーは、介護人として「提供者」と呼ばれる人たちのお世話をしています。
お世話をしながら甘酸っぱい青春時代を回想するキャシー。彼女はイギリスの田舎町の養護施設で育ちました。女子グループ内のリーダー的存在のルースとの友情、癇癪持ちでいじめられっ子のトミーとの淡い関係。
そんな思春期らしい人間関係に浮き沈みしながら、一方で、この養護施設がただの施設ではないことが徐々に明らかになっていく…「提供者」とはなんなのか? 彼女たちの親はどこにいるのか? 自分たちは、普通の子供達とどう違うのか?
そしてすべての秘密が明かされた時、キャシーたちはそれをどう受け止めるのか…。
青春ドラマあり、ミステリーあり、近代SF感あり。
冒頭からさらっと使われる「提供」などの言葉が引っかかったまま話は進んでいくのですが、そのまま読み進めているとどんどん秘密が明らかになっていきます。
そして彼女たちの存在はなんなのか?という謎について、読者は2回驚かされます。
サイエンスミステリーを読み慣れてる人なら展開が想像できるのかもしれませんが、SF慣れしていない私はしっかり2回「マジかよぉー!」ってなりました。
この方の特徴として「いろいろ匂わせるんだけど、明言はしない」表現力があると思うのですが、ミステリー要素にも恋愛要素にもそれがよく活きています。
大人が決めたルールに従ってに生きるしかなく、でもモヤっと感じてることはあって、それがまだうまく言葉にできないティーネイジャーの状況が鮮やかに目に浮かぶ。
文章もとても読みやすく、イギリスの田舎町の雰囲気も素敵なのでヨーロッパ好きにもおすすめ。イギリスといえばハリー・ポッター的な全寮制学校への漠然とした憧れがありますよね(これは全寮制じゃなくて施設だけど)。
2. 日の名残り
こちらも舞台はイギリス。ときは第二次世界大戦後。
主人公は保守的な執事のスティーブンス。ダーリントン・ホールという豪邸で長年勤めてきた、ベテランの執事のリーダーです。ザ・英国紳士に仕えるザ・執事道を極めたスティーブンスですが、時代は流れ、いまやダーリントン・ホールに住む主人はここを買い取ったアメリカ人。
異国の主人であれど、英国執事に恥じぬプロ意識で執事業に勤しむスティーブンス。アメリカ人の主人ならアメリカンジョークの一つも言えるようにならねばと、クソ真面目に執事をやっています。
しかし、金持ちが何人も使用人を抱えるのは時代遅れで、執事仲間も減ってしまった。同業者の中でも執事の職業精神というものは変わってきているらしい…全く、みんななんにも分かっちゃいない…そもそも「真の執事」とはですね…を日々、思案しながらクソ真面目に働いていると、ある日、主人から「たまには田舎の方にバカンスにいけば?」と勧められます。
執事が休暇を取るなんて言語道断!しかし主人に言われたからには休まねば!とこれまたクソ真面目に田舎へバカンスに行くスティーブンス。
その道中でも「真の執事とは」と考えを巡らせながら、若かしり頃の記憶を回想していきます。
執事の鑑として尊敬している父、女中頭でともにダーリントン・ホールの黄金期を支えたベン夫人…。
すっかり変わってしまった時代に取り残された彼が、真面目に紳士道を突き進む中で見落としてきたこと、手に入れられなかったものとは…。
こちらは時代の変化に乗り遅れた上に、己の美学を追求しすぎなアイタタパターンですが、でもなんせこのクソ真面目っぷりがもはや愛おしいので主人公を応援したくなる作品です。
第二次世界大戦期の微妙な政治情勢を、執事という立場で垣間見てきた主人公の苦しい立場も理解できる。
ラストでは、もし昔の自分がここまで頑固じゃなければ手に入れられた幸せもあったのに…という悲しみと、それでも自分は何度でもこの道を選んだであろうという爽やかな吹っ切りで、じんわりと胸が暖かくなります。(正直、中盤の回想とかは思い出を美化しすぎててちょっと見てらんなかったのですが、最後はいい感じに反省と前向きさがあって良かった。)
「わたしを離さないで」ほどの驚きやエンタメ性はないので、第2位で。
3. 浮世の画家
あいたたたたたイタイイタイイタイ…
時代についていけてなさすぎ、過去の栄光に酔いすぎ、いろいろ勘違いして自分の都合のいいように解釈した上で「いや〜もう僕の時代じゃないってことはわかってるよ」と物分りがいい気になっている、典型的な「めんどくさい爺さん」の話。
こちらの舞台は日本。第二次世界大戦中に、扇動的な画風で一世を風靡した画家が主人公。
敗戦後、日本の価値観がガラリと変わり、自分が描いてきた作品はむしろ否定的に見られるようになってしまいます。とはいえお金はあるし、画業は引退して庭いじりでもしながら優雅に余生を暮らそうとしているお爺さん。
しかし娘たちの縁談や画家仲間たちとの関係など、事あるごとに過去の自分の功績や信念が足を引っ張って、やる事なす事 裏目にでる…自分はただ、家族仲良く楽しく暮らしたいだけなのに…。
わかるんです…この人がぜんぶ悪いわけじゃない。
今の時代から見たら眉をひそめるような事でも、戦争の最中には「これが必要だ」と信じる気持ちはわかるし、自分なりに世の中に必要な事をしようという真っ直ぐな気持ちでやった事だとわかる。
そしていざ戦争に敗けたから、時代が変わったから、突然その考えが間違いだと指を差すのは酷な事だというのも、わかる。
後年の者には想像がつかないほど過酷な時代を生き抜いてきた先達をないがしろにするのは非道徳的だというのも、胸が苦しいほどわかる。
わかるんだけどぉぉ〜こんな爺さんが身内にいたらもうめんどくさくて堪んないよぉぉ〜〜〜〜
…以上です。
4. 遠い山並みの光
ここまでご紹介してうすうす感じている方もいるかもしれませんが、カズオ・イシグロの作品、タイトル覚えにくすぎです。
詩的すぎて、どのタイトルがどの内容だったかリンクしづらい…「遠い山並みの光」と「日の名残り」とか、浮かぶ情景も似通ってるのでどっちがどっちやら。
さて、こちらは記念すべき長編デビュー作。
こちらも舞台は戦後、イギリスに移住した日本人の悦子が主人公。
イギリスで悦子は、故郷の長崎を回想します。戦後の長崎に漂う空気感、その中でなんとか希望を持って生きようとする人たち…。
その中で出会った、幼い気難しい娘を抱えたシングルマザーの佐知子と、悦子の現在が重なり合っていく。
舞台が舞台だし、全体的にとにかく暗い。主人公の幸薄感と佐知子の危うさが、読んでいて気が気じゃない。
話の構造としてはとても巧妙なんですが、例の「いろいろ匂わせるけど明言はしない」特徴が際立ちすぎて、その巧妙さは解説を読むまでピンときませんでした。
それより何より、デビュー作だからというのもあるとは思いますが、文章が読みづらいです。会話シーンはなんか絶対2回 同じこと言うし。似たようなセリフ削ったら3分の1くらいのページ数になるんちゃうかと思いました(大変失礼)。
本を開くのが重たかったのでこの中では最下位で…。
以上、4作品を紹介しましたが…
結局のところ「わたしを離さないで」「日の名残り」はイギリスという異国への憧れがフィクション映画を見るみたいで面白いけど、「浮世の画家」「遠い山並みの光」は戦後日本という設定が生々しすぎる…ってだけかもしれません。
他にも「忘れられた巨人」など名作と謳われる作品もあるので、引き続きハヤカワ文庫さんにお世話になろうと思います。
これからの梅雨の季節、ジメッと暗い気候にはぴったりかもしれません。
なんか世界的文豪に対して好き勝手言いすぎたかもしれないですが怒られないことを祈りつつ以上。
Amazonの作家ページでずらりと作品をチェックできます。てかこんなのあったんだ。
Amazon.co.jp: カズオ イシグロ:作品一覧、著者略歴
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