旅するトナカイ

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写真

写真を飾るのが嫌いだった。
人の映った写真が、部屋の隅に所狭しと飾られたのなんかを見ると、恐ろしくて、吐き気をもよおしてしまう。
自分を見ないのに、ただこちらだけは一点に見る、目、目。目。きちんと揃えた手や、唇からのぞく歯。心をおおっぴらに開いた顔や、不安に引きつった頬。映った人の感情と、カメラを向けた人間の想いが幾重にも並んで、それはもう、感情の氾濫した渦だ。


私は一枚も写真を飾らないどころか、一枚も残さなかった。こと、家族の写真に関しては。
気味悪かったからだ。いや、恐ろしかったからだ、母を直視することが。
彼女の中に、自分がもしも一ミリもいなかったらと思うと不安で仕方がなく、それでも、奔放で向く先の多い彼女の心に、自分が少しでも住んでいたいという願い、それを確かめる術がないから余計に。
「ゆかり」と名乗ったその女性が、母の写真を見せなければ、そしてそれが私の封じたはずの記憶を呼び起こさなければ、私はきっと、それを知りたいなんて思わなかった。母という呪縛から逃れて、自らで根を生やし、地面から足を一歩たりとも放さない、そうしていくつもりだった。
それなのに。


その名前が、私と母を結ぶことをこの世の使命とするかのような、暗示的な響きであるがために、私はそこに、安っぽい期待を抱かずにはいられなくなってしまうのだ。