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【映画】「鑑定士と顔のない依頼人」を全力でネタバレしていく

映画鑑定士と顔のない依頼人

2013年の作品ですが今更みました。

 

 

これ、ネタバレしないことには感想を書きようがない映画なんですが、なんとかネタバレ無しで書けるところまでは書きますね。

後半は全力で書けるだけのネタバレを書いていこうと思いますので、見てない方はご注意ください。

 


『鑑定士と顔のない依頼人』予告編

 

ジャンルは恋愛&ミステリー。

一流オークション鑑定士ヴァージル・オールドマンは、人間嫌いで潔癖性。いつも手袋を身につけ、レストランの食器は自分専用のものを使うほど。女性が苦手で一度も恋人をつくったことがなく、自宅の秘密の部屋には恋人代わりの「美女の肖像画」をコレクションしている。

自分が担当するオークションでは友人ビリーと共謀して、高額な作品を本来の価値よりも安くで競り落とさせ、転売で儲けるという"金の亡者"な裏の顔も…。その方法で美女の肖像画のコレクションも集めます。

そんなヴァージルのもとに、新たな鑑定の依頼が。古い屋敷にたくさんある骨董をまるまる鑑定してほしいという依頼人クレアは、電話でのやり取りばかりでなかなか姿を現さない。

それでは鑑定の手続きも進められないと問い詰めると、彼女は広場恐怖症…人と会うのが怖くて屋敷に閉じこもって誰にも会わないという。

人に会うことを恐れて閉じこもるクレアと、女性との関わりを避け続けてきたヴァージル。似たところのある2人は次第に惹かれ合い、こもっていた殻を同時に破っていく…が!映画のラストでとんでもない秘密が明らかになり、ヴァージルと観客は大どんでん返しに見舞われる!という話です。

 

トルナトーレ&モリコーネ コンビふたたび!

この作品、「ニュー・シネマ・パラダイス」「海の上のピアニスト」でも組んでいる、監督ジュゼッペ・トルナトーレ & 作曲家エンニオ・モリコーネのタッグです。

このタッグ好きなんですよねー。

 

モリコーネの名曲といえば「ニュー・シネマ・パラダイス」。CMなどでも使われるほど有名です。映画を見ていない方も、聞いたら「あれか」ってなるはず。


Ennio Morricone - Cinema Paradiso (In Concerto - Venezia 10.11.07)

マカロニ・ウエスタンものの映画でも多く作曲していますが、私はトルナトーレ監督作品の曲が情緒感があって好きです。いつも美しくて切ない、懐かしいような、心の弱いところをそーっと撫でてくる。

本作の音楽はそれだけで聞けるってほど特徴のある曲ではないですが、オペラ調?の声楽つきなのがクラシカルな美術品に囲まれたこの映画にはぴったり。音楽の神秘的でミステリアスな雰囲気が作品を彩ります。

 

トルナトーレ監督の破壊衝動が、今度は人間関係に向きましたよ

ジュゼッペ・トルナトーレ監督、雰囲気のいいロマンチックな映画を作るんだけど、一方で「破壊衝動」の持ち主でもあります。(あくまで私個人の感想ですが。笑)映画の一番の見せ場では、何かを「破壊」せずにはいられない。そういう人です。(あくまで個人の以下略)

他作品のネタバレ部分は白字にしますが、「ニュー・シネマ・パラダイス」では映画館、「海の上のピアニスト」では船を爆破し、「マレーナ」では妖艶な美女をズタボロにしてみせました(ご覧になった方はドラッグで反転してお読みください)。これらの破壊シーンは、登場人物たちの人生に爪痕が刻まれる、その決定的な瞬間を印象付ける演出でもあります。

本作でもその破壊衝動は健在。大金持ちでなんでも手に入れられる主人公が、徐々に自分の中の愛情に気づき人間らしさを取り戻していくのに、その「愛」をラストで壮大に破壊してしまいます。それも、恋人にフラれるとか恋人が死ぬとかそういう単純なレベルではない、主人公と観客を人間不信のどん底に突き落とすやり方で!

もう、どんでん返しの瞬間のシーン…ゾッとします。

 

またそのどんでん返しの後の、エンディングにかけた事後処理も詩的でありながら現実的で、お見事。

古典的な「大切なのは金より愛」のラブストーリーの鉄板に法りつつも、手放しで「主人公は愛情に気づけて良かったよね!」と喜ばせてはくれない、渋い結末となっています。

でもこれは、倫理や価値観は1/0ではなく、人生はハッピーエンド・バッドエンドの2通りと決まってもいない、「何が良かったのか、正しかったのかはわからないけれど、でもこういう生き方しかできない人は、ただこうやって生きていくしかない」というどうしようもない現実を描いているのです。歯切れが悪いと感じる方もいるかもしれませんが、個人的にはリアリティを担保しつつも美しい映像と人生観で締めくくったのは良かったと思います。

 

映画の冒頭では高級レストランで誰にも邪魔されない一人の食事を楽しんでいたヴァージル。

それが映画のラストでは、カジュアルなレストランで店員に「連れを待っているー I'm waiting for someone.」と告げる。他人をシャットアウトして思い通りに生きていたはずが、一緒に生きる誰か(someone)を待つ人生に変わり果ててしまう。

クレアとの出会いは、ヴァージルにとって果たして幸福だったのか、不幸だったのか。観客一人ひとりが、自分の胸に問うてみましょう。

 

目が喜ぶキャストと美術

主人公ヴァージル役には、ジェフリー・ラッシュ

パイレーツ・オブ・カリビアン」でバルボッサ役だった人ですね。バルボッサ、海賊でありながらなんとも気品漂う感じが好きだったんですが、死んだかと思いきや復活した時はなんだかなーってなりました。

他に「英国王のスピーチ」では数々の助演男優賞にノミネートされています。

これらの作品同様に、本作でも渋さ全開で演じています。「気品と説得力と影のあるおじ様」役がなんてハマるんでしょう。それがさらに本作では恋の魔法にかかって取り乱す様子とかも見れちゃいます。

 

 

ヒロイン・クレア役にはシルヴィア・フークス

まだあまり有名じゃないっぽいですが、とても美人でかわいい。「ブレードランナー2049」に出てるとか。ツンとした顔の西洋美人、いいですよね。

「顔を見せない依頼人」という役どころなんですが、映画の割と序盤の方であっさり顔見れちゃいます。そっから恋が進展していくともうガンガン出てきちゃうので、この邦題はどうなんだ、と気になって仕方がない。とはいえ美しさを増していく彼女の姿も本作のお楽しみのひとつ。

 

そして芸術作品やヨーロッパの古い洋館を楽しめるのも魅力です。ヨーロッパの美術館とか王宮とか行きたくなっちゃう。

クレアが住む洋館(ヴィラ)や、洗練されたヴァージルの高級住宅、秘密の部屋に飾られた肖像画の数々。

最後にプラハの旧市街広場も映りますが、そこもまた綺麗でため息でます。行ってみたいなープラハ

 

あと個人的に気になるのが、ヴァージルがクレアに届けた、あのランチ。西洋映画でよく見るパンパンに膨れ上がった白いドーム型のテイクアウトの袋、あれってなんなんでしょう。

あったかいプレートをそのまま持っていくためのものなんでしょうけど、どうやって開けて中はどうなってるんだろう。

あのまるーい膨れっぷりだけでもう美味しそうですよね。一回あれを生で開けて見てみたい…。

 

以上、映画を見ていない方でも(多分)大丈夫な感想でした。

 

 

ではここから、この作品のネタバレをバラせるだけバラしていきます。

 

見終わってから、もうそのどんでん返しにワクワクしてしまって他の方のレビューや解説を読まずにいられませんでした。

終盤でヴァージルも観客もこれまでのいろんなことが伏線だったと気付くわけですが、この映画は自分が思っている以上に伏線で溢れかえっている。

あれも計画のうち、この言葉も裏があった…そんな解説を読んでしまうと、2回目見ないわけにはいきません。見ました。目を皿にして潜んでる伏線を拾い集めました。huluに登録している私に怖いものはありません。そしたらもう、出るわ出るわ。

あらま!と思ったところは全部書きます。「これはわかりやすい伏線だからいいよねー」とか無しで、全力でネタバレしていきます。

 

1. クレアの疑惑

映画を見た方はもちろんもう分かっていると思いますが、広場恐怖症を克服して心を開いたかに見えたクレアは、実は普通の女の子。ビリーとロバートと共謀して、ヴァージルの大切なコレクションを盗んで転売しようとしていたのでした。

思い返せばクレアにもおかしいところはたくさん。

 

まずヴァージルとの最初の電話ですが、本来ならばヴァージルに依頼の電話をしても秘書が受けるのでヴァージルと直接話すことはできません。ヴァージルをヴィラに引きずり出さなければクレアとの恋愛も始まらない。

そこでクレアは、ヴァージルの誕生日に電話をかけます。

前日、行きつけの高級レストランで誕生日を祝われても「迷信深い方なので」とケーキに手をつけなかったヴァージル。単に他人からの好意に慣れていなくて引いたのかとも思えましたが、案外「迷信深い」というのは嘘でもなかったようです。誕生日当日には秘書に「誕生日の最初の電話は幸福を呼ぶので自分で出ては」と勧められ、それでクレアはヴァージルと直接話すことに成功します。

 

その電話口では秘書のふりをして話すヴァージルですが、「オールドマン氏はあなたを知っていますか?」「いいえ、でも私は彼をよく知っています」というやり取りがあります。

高名な鑑定士なので有名人ではあるものの、それ以上にヴァージルのことを「よく知っている」クレア。これから罠にかけようというターゲットのことを、知らないはずがないのです。

 

さらに初めてヴィラの中でドア越しに会話する際、クレアは「あなたはいつも手袋をしている、私たちは似た者同士よ」とヴァージルの気を惹きます。

鑑定士が依頼人の前でいつも手袋をしているのはそれほどおかしなことではないのに、彼の潔癖を言い当てたクレア。もちろんそれも、事前に知っていたからできたこと。

 

また、ヴィラ内でヴァージルは2回クレアを覗き見するわけですが、どちらも「いやいや隠れてるの気づくでしょ」ってくらいギリギリのところまで迫ってヴァージルにその美貌を見せつけます。二度目は電話口でわざとヴァージルに気をもたせるような会話をしたり、皿を割って足を怪我したふりをして裸を見せつけたり。(ヴァージルを騙すためとはいえ、彼女のドジっ子ぶりには見ているこっちが気を失いそうになります。

 

2. ヴィラの所有者は「本物のクレア」

クレアが住むヴィラは、向かいのバーでいつも不思議な数字をつぶやく「本物のクレア」のもの。

小人症のクレアの室内リフトを整備しに来たロバートは、持ち前のプレイボーイでクレアと打ち解け、ヴィラを借りることに成功したのです。骨董はどこかからのレンタル品で、のちにヴィラに運び込まれたものでした。1年半の間に3回も家具の移動があったことを「本物のクレア」が覚えています。3回も…ということは、ヴァージルの前にも計画して失敗していたのかも。

ヴァージルを騙すにあたって、ヴィラの所有者ではないことがバレないよう恋人役の女性は「クレア」を名乗り、ついぞ本名はわかりません。

 

ヴァージルが訪問を重ねるたびに、ヴィラの部屋に少しずつ生活感が出ていっていることにお気づきでしょうか。

最初は廃墟のようだったヴィラ内部ですが、何度か会ううちに椅子に服がかかっていたり、パソコンや本がテーブルに出ていたり、生花が飾られていたり。ヴァージルにクレアの生活を心配させるための演出だったようにも思えますし、初回は鑑定のために片付けていただけとも取れますが、中盤ではクレアが部屋で大音量でロック音楽を鳴らしているシーンもあり、徐々に我が家として素の姿でくつろいでいっている様が伺えます。

これも、クレアが演者として住んでいるふりをしていたから見られたこと。

 

ちなみに「本物のクレア」ではないことがバレてもおかしくない危険なシーンが一つありました。それは契約書を埋めるにあたり、ヴァージルが個人情報をクレアに求めたところ。もちろんヴィラに住むクレアは本物のクレアではないので、個人情報には齟齬が生まれます。

そこで利用したのが「クレアの幼少期のパスポート」。すでに失効しているものですが、個人情報は変わらないからとここから情報を写し書きするようヴァージルに指示します。(わざわざヴァージルに書き写させなくてもいいようにも思いますが、ヴァージルに信じさせるためというのと、観客に「個人情報のチェックもかいくぐったよ」と見せておくための二重の目的でこのシーンを挿入したと思われます。)

どうやってクレアのパスポートを手に入れたのかは謎ですが、おそらくロバートがクレア宅のリフト修繕の際に盗んだのでしょう。

 

3. クレアの恋の計画的展開

クレアは気まぐれな行動でヴァージルを揺さぶり、彼にとって放っておけない存在になっていきます。

 

ヴァージルの二度目のヴィラ訪問時、電話口で部屋の物音がしたためにクレアが住んでいることがバレますが、それもおそらく計算のうち。

ヴァージルが勘付いたところですぐに「9時に電話して」とクレアが電話を切りますが、むしろこの話をして二人の関係を進展させるための策略だったのでしょう。

 

しかしこの計画性も、一度は予定外の失敗に見舞われます。

ヴァージルがランチを届けにヴィラを訪れますが、クレアはどこにもおらず失踪状態。ヴァージルはロバートと使用人フレッドとともに大捜索します。

他の方のレビューを読んで気づきましたが、これは実はアクシデントだったんですね。クレアのふりをしていただけの女性は、いつもヴィラの中にスタンバっていられるわけではありません。たまたま買い物に出ていたのか、出かける用事があったのか…うっかりクレアが広場恐怖症ではないことを知られそうになってしまうところでした。

ロバートたちはさぞ慌てたことでしょう。この直前、ロバートは「もう私生活に僕を巻き込まないでくれ」とヴァージルに釘を刺したくせに一転、かなり親身にクレア捜索に協力し、最終的には「隠し部屋が他にあるのでは?」と提言。これもクレアと口裏を合わせていたのでしょう。

 

ちなみにクレア捜索中、ヴァージルは向かいのバーに「女性が外出するのを見なかったか?」と尋ねに入ります。客の一人が目撃情報を提供しますが、その奥でロバート作成のリフトに乗りながら本物のクレアが「231」と訴えます。これは、クレアが外出した回数をヴァージルに教えようとしていたのですね。

 

4. 黒幕・ビリーの愛憎模様

ラストの種明しのシーンの一つに、バレリーナ姿のクレアの母の絵が出てきます。その裏には「愛情と感謝を込めて ビリー」というサインが。ここで観客は、実はビリーが黒幕で、ヴァージルのコレクションを手に入れる画策をしていたということを知ります。

ちなみに盗難品の転売で足がつかないのか?という気もしますが、そもそもこれらのコレクションは表向きにはビリーが競り落としたことになっているので問題ない。ついでにヴァージル自身が「骨董品の世界のルールは、出どころを明かさぬこと」とも言っているので疑われることはないでしょう。

 

さてビリーは、他人を拒むヴァージルが唯一、親愛の情をもって接していた友人。

ビリーもヴァージルに友情を感じているかに見えましたが、その実、自分の絵の才能を認めなかったヴァージルを恨み続けていたのです。ビリーの登場シーンでは度々そのことの恨み言が出てきます。

しかしそれも、ビリー自身がヴァージルの審美眼を評価しているからこそ。そうでなければ、一人の友人に認められなかったからといって筆を折るまではしません。尊敬していながらも、自分を認めないことが悔しい。そんな愛憎模様が、ビリーの言動の節々から見られます。

 

最初にビリーが裏の顔を覗かせるのは、冒頭でビリーがヴァージルと部屋で会話しているシーン。二人がオークションの共犯者であることを観客に明かすところですね。ヴァージルの家でビリーが「自分の絵を認めてくれなかった」と皮肉りますが、ヴァージルは「絵が好きなだけではダメだ」と取り合いません。

「君には"内なる神秘性"が足りない」と。

ヴァージルの意のままに従っていた友人が、その実、もっとも深い「内なる秘密」を持っていたことに、ヴァージルは気づかなかったのです。

 

また、姿を消したクレア捜索の際に相談されたビリーは、ヴァージルに「人間の感情も、芸術と同じで偽装できる」と意味深な言葉を投げかけます。これは彼の計画をほのめかしていたのですね。

恋人役を演じていたクレアのこともそうですが、ビリーこそ一番の親友を演じながらヴァージルを陥れる策を講じていたのでした。

 

中盤、ビリーがオークションで失敗し、女性の肖像画を競り落とし損ねる出来事があります。ヴァージルはひどく腹を立て、ビリーは後日、その絵をどうにか手に入れてヴァージルに謝罪します。

割に合わない大盤振る舞いに見えますが、これも友情のためではなく、コレクションを盗む計画が頓挫しないための策略。

 

コレクション盗難の直前、ビリーが最後にヴァージルと会ったのは、ヴァージルの最後のオークション。有終の美を飾ったヴァージルに歩み寄ったビリーは、うっかり「会えなくなると寂しいよ」と漏らしてしまいます。引退しても会うことはできるのに。これが犯行の直前のビリーの正直な心境だったのでしょう。

また、その場でビリーは「君に認めてはもらえなかったけど、絵を送ったよ」と告げますが、その絵こそ、実はすでにヴァージルも目にしていたバレリーナの絵だったのでした。これをクレアがヴィラから持ってきたものだと思ったヴァージルが、絵をコレクション室に運ぶ際、コレクションが盗まれていることに気づきます。

 

ちなみにこの絵ですら、ヴァージルは評価していません。

クレアのヴィラで初めてこの絵を見た彼は「大した絵じゃない」と一刀両断。

愛するクレアと似ているのでプラハに持参するほど大切な一枚にはなっているようですが、美術品としての価値は一貫して認めませんでした。

 

さらにクレアも、そんなビリーの複雑な心情を知っていたように思われます。

クレアが姿を表す前、鑑定依頼の三度目の電話で「売れる前の画家の可能性がどうやっってわかるの?」とクレアが聞くシーンがあります。ヴァージルは「勘だよ。君を疑うのと同じ勘だ」と話をクレアの正体のことに変えてしまいますが、この時クレアはビリーの話をしていたのではないでしょうか。

 

それから、割と序盤でクレアがヴァージルの白髪染めを罵るシーンがあります。

このシーン、私は見ていた時はクレアのいつもの気まぐれかと思っていたのですが、他の方のレビューによると「黒々とした髪でバッチリ決めているヴァージルを憎らしく思ったビリーのささやかな仕返し」だそうです。なるほど。

 

5. 最強の共謀者、ロバート

技師のロバートはこの盗難計画の重要な助っ人。

見た目には、全く疑う気がしない好青年。技師としての腕は確かで、プレイボーイの豊富な知識と女性経験でおっさんのくせに初恋に悩むヴァージルをサポートします。サポートと言いながら、実はクレアとの恋をお膳立てして盗難計画を進めていたのですが…。

そういう目で見ると、ロバートの恋のアドバイスによってヴァージルもその気になっていくのがわかります。広場恐怖症のクレアがどう生活しているのか気になり始めたヴァージルに「生活品はどうしているのか、タイツやヨーグルトは足りているのか、気になって仕方がないんだね」と後押しする台詞もありますが、このように初めての恋心に戸惑うヴァージルに「そうか、自分は彼女が気になっているのか…」と自覚させていきます。

 

また、見返してみると面白いのがクレアの骨董品のオークションカタログが完成した時。

ようやくここまで漕ぎつけたヴィラの鑑定作業を、クレアは非情にも「やっぱり売りたくない」と言い出します。クレアにすっかり恋したヴァージルは、迷う隙もなく「そうしよう」と賛同、目の前でカタログを破り棄てます。

この時、ロバートのハラハラした目は一見「恋人の気まぐれにヴァージルが腹をたてるかもしれない」と不安がっていたように見えましたが、カタログを破った時の喜びようといい、実は「ヴァージルにオークションを決行されては困る」という緊張だったのでした。鑑定している骨董品は全てレンタル品。オークションに出されるわけにはいかなかったのです。

 

さらに種明しのシーンでは、ロバートの自作の位置情報発信器がヴァージルの車から見つかります。同じ発信器を女性客のために作ってあげているシーンがありましたね。「より広範囲に発信できる」とも言っています。仕込んだのはおそらく、クレアの使用人フレッド。クレアに花を買ってきたヴァージルから鍵を預かって、オートマタの部品を車に運ぶシーンがあります。

オートマタに仕掛けた録音機もロバートの自作。これに自分の声を録音して、犯人からの最後のメッセージとして残したのでした。

 

6. 様々なメタファーとして現れるからくり人形、オートマタ

骨董品の転売で設けていることを知っているビリーやロバートたちは、からくり人形の部品をヴィラに落としておくことで「これを完成させて転売すれば金儲けになるかもしれない」と焚きつけ、ヴァージルをヴィラに通わせます。またこのからくり人形の修復作業のために、共謀者ロバートとヴァージルをつなぐことにも成功。

 

このからくり人形オートマタが、ヴァージルの心境の変化を表す舞台装置として機能します。

最初の部品を発見した時のヴァージルは、あくまで金儲けが目的。部品を集めて機械を完成させた暁には、売りに出して富を得ようと画策します。

しかし、この後クレアとの関係が進展していくと、オートマタ復元のことは上の空。「このオートマタは、不完全な自分のようだ」と自分を重ねるシーンもあります。

また、会話ができるオートマタは美女の肖像画コレクション同様、ヴァージルにとってかりそめでも愛情を感じられる「偽物の恋人」の象徴としても捉えられます。二次元の肖像画しか愛せないヴァージルの、新たな三次元の恋人。それは彼のある種の希望…。

中盤、ロバートとクレアとの関係を危ぶみ、ロバートに「オートマタを引き渡せ」と迫るシーンがありますが、これはクレアとオートマタを「自分が愛する対象」として重ねていたのではないでしょうか。クレアもオートマタも、ロバートに取られるわけにはいかない。

ただしその後すぐに、クレアの部屋でオートマタの外装を発見し、その上クレアの気まぐれを目の当たりにして、「やはりロバートの助言なしには恋愛ができない」とオートマタの復元続行をお願いしにくるのでした。

最終的には「お前には贋作の愛情がお似合いだ」と言わんばかりに、ヴァージルはクレアを失いオートマタを手に入れます。

見方を変えればいろいろなメタファーとして捉えられるオートマタ。SFちっくな不気味な存在感が、クラシックな美術品に囲まれたこの世界で異彩を放ちます。

 

もう一つ、オートマタではないですが似たような役割で一度だけ登場する、ヴィラの骨董品「天使の像」。スタジオ撮影の際、つがいの天使像を別々に撮影するかを聞かれ、ヴァージルは「ペアでなければならない」と即答します。

愛を表す天使の像は、いつも離れずつがいでなければならない。そんな愛情深いヴァージルの発言に、秘書ランバートは「あのヴァージルがそんなことをいうなんて」と驚く表情を見せました。

 

7. オートマタの「中身」

ヴィラで拾った部品がヴォーキンソンのオートマタであるとわかった時のヴァージルとロバートの会話。オートマタが人と話すことができたカラクリについて、ロバートは「中に小人が入っていたのかもしれない」、ヴァージルは「不思議なのは、話す仕組みよりも、オートマタが常に正しい答えを言ったということだ」と言います。

「人形の中身は小人」

「それが常に正しいことを言う」

そう、これはバーにいる小人症の天才「本当のクレア」を示唆していたのです。

あまりにも序盤なので見落としてしまいますが、ヴィラのクレアは偽物でバーにいるのが本物だ…という観客に向けた目配せだったのでした。

 

8. ロバートの恋人・サラはグル?

女癖の悪いロバートの恋人の一人、長い黒髪の女性・サラ。

あまり深くは関わりませんが、彼女もおそらくはグルの一人。

恋多きロバートがサラだけはヴァージルに紹介しますし、終盤ではサラも一緒にヴァージルと食事をするシーンも。計画を知らない人間をここまで深入りさせるのはリスクが高すぎるので、彼女もグルだったと考えた方がいいでしょう。

彼女のこの計画の中での役割は、「最近ロバートはクレアという女性の話ばかりする」とヴァージルの嫉妬心を煽ること。しかし予想外にも、ヴァージルはこれに過剰に反応し、ロバートを遠ざけようとしてしまいます。

これはサラの大失敗。ロバートとの縁が切れてしまえばクレアとの関係もコントロールできず、盗難計画は頓挫しかねません。

結局はロバートとヴァージルは仲直りして事なきを得ますが、この仲直りの際に、サラがロバートの店に会いに来て、ロバートと店の外で口論するシーンがあります。これはヘマをして計画を台無しにされかけたサラに対し、ロバートは本気で怒っていたのでしょう。

 

9. 夜道で暴漢に襲われたのは偶然か?

ヴァージルが雨の夜にクレアに会いに行こうとすると、4人組の暴漢に襲われ財布を盗まれます。クレアは、まるで愛情が広場恐怖症を治したかのようにすぐに飛び出してきてヴァージルを助けます。

ここからあれよあれよと二入の関係は進展。広場恐怖症などなかったかのようにクレアはヴァージルの家を訪れ、ついに念願のヴァージルのコレクション部屋への入室権を手に入れます。

偶然の暴漢事件が二人の恋を急展開させたとも言えますが、ヴァージル攻略に手こずったロバートたちが強引にことを進めるために準備した出来事だったようにも取れます。

 

10. クレアの共犯の動機は?

これについては、あくまで答えのない私個人の感想ですが…。

クレアの働きによって実現したコレクション盗難計画、最後までクレアの動機はイマイチ読めません。

ビリーには積年の恨みがあり、ロバートは技術を持った若者が一稼ぎしようと加担した程度。クレアもお金目的で協力していたのでしょうか?

個人的には、プラハでクレアが一緒に過ごした恋人はロバートだったのでは?と感じました。

繁華街で交通事故にあい、目覚めた時には彼の姿はなかった…とクレアは語りますが、プレイボーイなロバートはクレアに大した気持ちはなく、すぐに棄ててしまったのではないでしょうか。

かつて愛したロバートのために計画に加担するクレア。

古いヴィラで暮らし、愛情を偽り、白髪のおじさんと恋人ごっこを演じる動機としては、それくらいないと割に合わないようにも思います。

 

11. 英題"The Best Offer"の意味

"The Best Offer"は、オークション中の売り文句で「最良の出品物です」という言葉に潜ませ、ヴァージルが共犯者ビリーに「この商品は競り落としてほしい」と伝える時の暗号です。

"The Best Offer"ー自分が手に入れたい「最高の出品物」。

ビリーはついぞヴァージルに自分の絵を認められることはありませんでしたが、クレアという最高の女性を差し出し、ヴァージルに落札させたとも言えます。

一方で、この言葉には「(交渉において)自分が出せる最高の金額、自分ができるせいいっぱいのこと」という意味も。ヴァージルはクレアのためにあらゆる手を尽くしますが、それでも彼女からの愛は手に入らなかった…という意味にも読み取れます。

 

12. キーワード「どんな贋作の中にも真実が宿る」

これはヴァージル自身が語ったセリフ。この映画全体のテーマでもあります。

クレアの愛はヴァージルから絵画をだまし取るための嘘だったけれども、そこに「真実の愛」はなかったのか…?

 

個人的には、私はクレアには「真実の愛があった」と考えています。

盗難計画に加担しているからにはヴァージルを裏切らざるをえなかったクレアですが、ヴァージルの真摯な愛に触れる中で少しずつ彼に惹かれていたのではないか。

ヴァージルが暴漢に襲われた際、自分たちに騙されて怪我まで負ったヴァージルをいたわるかのようにキスをしたり、「この先何が起こっても、愛している」と抱き合ったりするのは、欺くためにしては少々サービス過剰な気がします。

もちろん彼女の言動のほとんどは演技でしょうし、お金を優先する程度の愛情でしかなかったことは確かですが、でもそこに情が少しもなかったとは思えない。

ヴァージルがクレアの自室に初めて招かれた際、クレアは電話口で誰かと「明るいエンディングに変えようかと思う」と話します。一見、小説の編集者と話しているように見えますが、実はこれはロバートかビリーとの会話だったのではないかという見方も。コレクションさえ盗めれば「全て演技だったのよ」と冷たく突き放す手もあったのですが、ヴァージルとは愛し合った状態で最後まで臨みたい…そんな彼女の心境の変化が現れています。

 

また、ヴァージルのコレクションを盗む際に、ビリーは絵にメッセージを残すことで、ロバートはオートマタに自分の録音を残すことで、(贋作家の女性が自分のサインとして肖像画の瞳の中にVの文字を残しているように)自分の犯罪のサインを残します。もちろん、たとえ自分が犯人だとバレても、オークションにサクラを用意してコレクションを集めていたヴァージルは警察に訴え出ることができないと分かっていたからです。

しかしその中で、クレアだけはその痕を残していません。

彼女だけは、ヴァージルをあざ笑うようなメッセージを残すことができなかったのではないでしょうか。ヴァージルへの愛情ーー恋愛というよりも「慈愛」に近いかもしれませんーーが芽生えたがゆえに。

 

もちろん、プラハのレストランでどれだけ待っても、ヴァージルの元に再びクレアが姿を表すことはありません。あれだけ壮大に裏切っておいて、どうしてまた現れることができるでしょう。

ヴァージルが待っていたのも、クレアとは限らない「真実の愛を確かめあえる誰か」だったと思います。クレアには会えないかもしれなくても、一度生身の愛に触れてしまった彼は、もう偽物の愛で満たされることはできなくなってしまった。

最終的に、孤独に苛まれたヴァージルは精神を病んで入院しますが、そこに元・秘書のランバートが手紙を届けに来る…これはもしかすると、クレアの懺悔の手紙だったのかもしれません。もう手遅れ、すでにどうにもならないことは明らかですが、それでもそこには「真実の愛」が記されていたかもしれない。

 

そんなのは希望的観測、ロマンチックすぎる期待かもしれませんが、監督があえて終盤、時間軸をあべこべにしてでもレストランNight & Dayでヴァージルが待ち人を待つシーンで物語を締めくくったのは、この物語は決して不幸の物語ではないことを印象付けたかったからだと私には感じられました。

さすがにクレアと再会したり、新たな恋人を得てハッピーエンド…というのはあまりにも非現実的ですし、あの歳になってこれまでの価値観をガラリと変えられては精神を病んで当然、というリアリティは担保します。これは「海の上のピアニスト」で(ネタバレを含むので反転してください)主人公が最後まで陸に上がれず船の上で一生を終えたことにも通ずる。(ネタバレ以上)生きてきた環境を変えることはそう簡単ではない…トルナトーレ監督はそのことを知っています。

しかしその上で、たとえヴァージルが最後は精神病棟で生活することになったとしても、誰かを待つことができること、「生身の愛を探すことができる」ことの豊かさを映画のラストに据えています。

そしてレストランの他の客たちは「めぐりあう時間の中で、神様のカラクリに導かれて出会うべき人に出会えた幸福」を味わっている。

私たちは普段そのことに気づかないかもしれませんが、それを自覚し、噛みしめるべきだと。

 

ネット上のレビューでは「悪人の犯罪が成功する」「二次元しか愛せない童貞主人公をリア充が騙す」後味の悪い作品だという方もいましたが、しかしヴァージルがあのまま金持ち生活を楽しんだとして、彼にはどんな最期が待っていたでしょうか? 悪い手段で手に入れられた価値あるコレクションたちの行く末は?

誰も愛さなかったヴァージルは誰にも看取られることなく、手に入れた富も名声も霧と化し、コレクションたちは誰の手にも渡したくない彼の独占欲ゆえに燃やされてしまう…そんな結末だったのでは。

さすがに精神病棟で余生を送るのがハッピーエンドだとまでは言えませんが、美しい肖像画たちは部屋から解き放たれ、殻に閉じこもっていたヴァージルも人生の最上の瞬間を味わうことができた。

その「解放」には大きな意味があったと、信じずにはいられないのです。

 

 

 

(その他のトルナトーレ監督&モリコーネ作曲作品)

   

 

 

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