旅するトナカイ

旅行記エッセイ漫画

庭の木

子供の頃は広かった庭は、すっかり狭くなってしまった。

バスを降りて、のろりのろりと坂をあがる。
風は肌で感じないほどゆるく、道路わきに植えられた木々のてっぺんの方を、ほんの少しふるわせるだけだ(もしかしたらそれも、小鳥や虫がゆすっているのかもしれない)。
まっすぐに伸びる道の向こうのほうで、おばあさんが老犬に引かれて歩いている。道のかどを白い高級車がこちらへ曲がってくる。

肩を並べる家々の庭を眺めて歩くと、自分の家の庭の木が、たいそう高く立っていることに気がついた。わたしが見ない間に、ずいぶんと成長してしまったのだった。
長くのびた枝が、かつて姉の部屋だった二階の西側のベランダまでかかっている。小さな鳥が葉をくすぐりながら、こちらからあちらへと飛び移る。夏が深まれば、きっと虫も増えるだろう。虫嫌いの父が、そのうち枝を刈るはずだ。しかしそれにもかかわらず、この木は長く長くのびて、枝枝の間に住まう生態系を、葉に覆われた小さな宇宙を、はぐくみ続けるにちがいない。自然の循環が、この一本の木に、小さな庭に、きっと存在しているはずなのだ。

いつかこの木は、それは立派な、大木になるだろう。
そうなる頃には、わたしはこの家をすっかり取り壊してしまって、小さな四角くコンクリートで囲まれた敷地を、すっかり小さな森にしてしまおう。その頃にはもう両親もこの世にはいない。まるでそこに、野生の生き物にしか通り抜けることも見ることもできない結界がはられたみたいなネイチュアにしてしまおう。
そしてこの木は、幼い頃の映画で見た、森を守る神のような、立派な立派な、夜空にも届くような大樹となり、この敷地いっぱいに根を張り巡らせるのだ。
(今の姿から察するに、この木は年老いてもすらりと格好のいい美青年のような木であるに違いない。)
そしていつか何十年もたったころに、緑色の山によって都会から隔てられたこの街のひとびとが、彼女の前で掌を合わせるようになれば、言うこともない。

わたしはその木の名前など知らなかったし、その木は花も実もつけなかったけれど。