旅するトナカイ

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横断歩道

一日中大型車が行き交う国道を渡るには、横断歩道の信号を二つか三つ見過ごさなければいけなかった。朝の時間は信号が短かったし、自宅から一番近い横断歩道までは200メートルはあった。急いでいる日は車の波が途切れた隙を見計らって、ガードレールを越えることもあったけれど、その日は時間に余裕があったし、それに先日この道で子どもが撥ねられる事故があったと聞いたので、朝日の中でぼんやりと霞む信号まで歩くことにした。
向かい側にある信号が、青から赤に変わるのが分かった。私は視力が良かったし、道は東西にまっすぐに延びていたので、遠くまでもよく見えた。洪水のような車の流れが静かになる。私は今日一度目の青信号を見逃した。すぐに信号は変わり、道路が唸り始める。国道沿いの細い歩道はガス臭かった。
と、視界の端の、鮮やかな紺色が目に留まった。歩道の先の、私が渡ろうとしている横断歩道の前に、紺色のワンピースの女性が立っているのだった。真っ直ぐな姿だった。
また信号が変わって、私はこれも見逃さなければならなかったのだけれど、そのワンピースも道を渡りはしなかった。信号の真下に、微動だにせず立っている。朝の乳白色の景色に、その紺色はよく目立った。
さらにその次の信号でも、紺色のワンピースは動かない。人ではなく看板でも立っているのかと思ったが、それは間違いなく黒い長髪の女性であることが近づくにつれて明らかになった。
私がようやく信号にたどり着き、彼女の横に並んだとき、ちょうど信号が次の青に変わった。やはり、ワンピースの女性が動く気配はない。まっすぐに、道路の方を見つめている。何を見ているのか分からないその目は、虚ろにも見えた。
「青ですよ。渡らないんですか?」
私はためしに声をかけた。すると、
「いいの」
女性は私には見向きもせずに答えた。高いけれど深みのある声。きっと20代の後半くらいだろうが、白い肌は疲れて皺が入り、それが実際よりも老けて見せているようだった。
「待っているの」
虚ろな目とは裏腹に、しっかりと、意思のある言葉に聞こえた。私は、何を、とは聞けなかった。彼女はやはり、彼女にしか見えない何かを見据えていた。
私は彼女を置いて広い国道を渡り、白い縞模様を踏み越えながら、何を待っているのだろうかと考えた。信号が点滅を始め私は足早になり、赤に変わる直前に横断歩道を渡りきったときにはもう、その考えはすっかり頭から消えていた。