旅するトナカイ

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おくりびと

おくりびと [DVD]

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今年見た映画ワースト1確定。
今までの例にないほどこきおろすつもりなのでファンの方すみません。


私はアカデミー賞にはそれなりの信頼を置いており、受賞作はやはり良い作品であると思ってきましたが、この作品ほどその名にふさわしからぬものはありますまい。アカデミーも堕ちたものだ。


まず話の筋が、あまりにもありきたりすぎる。
反対する妻が銭湯のおばちゃんの死で理解するようになる、とか、父の納棺を自分がする、とか。観客が読める通りの展開にしか運ばない。こんな筋なら誰にでも書けるんじゃないか。
読めるなら読めるで、ひとつ味付けをするとか、逆にお約束通りの安心感に愛嬌があるとか、それならいい。S級並みの怒涛のクライマックス!みたいな大言が癇に障るのだ。


そして細かい設定の詰めが本当に粗い、甘い。
銭湯に関して、もっと公務員の息子の心の葛藤とか、母が死んでじゃあどうしよう、とか、描くところはまだまだあったはずだ。キャラクターを外側だけしか考えてなくて、その人の心情まで考えられてない。子供の気持ちを考えない親みたい。
社長が過去を語るシーンもお粗末。「妻を納棺して、仕事始めた」そこにある計り知れない悩みや苦労や生きがいを見出す課程を、もっと、鮮やかに描かないのか。ていうか、そんなポーンとなれるものなの?
この映画を作っている人が、ここに登場する人物のことを全く理解していない、ちゃんと作っていない。たとえフィルムが切り取るのがその人の人生のほんの数時間だとしても、そこには全人生を生きてきた生身の人間がいると思わせるように、どんな人間でどんなふうに考え、なぜそんな風に育ったのか、って、立体的に写し取ってほしい。ここに登場するのはどれも2Dのペラッペラの紙人形で、全然3Dじゃない。あまつさえアバターが画面から飛び出す時代だってのに。


何よりも許せなかったのが妻(広末)。
あれこそまったく女を理解せずに作り上げた男の幻想、亡霊。女性としてあのキャラクターには1ミリグラムも共感できなかった。
喋り方が腹立つとかは好みの問題として(笑)、最初に夫が無職になり1000万以上の借金があると知った時点であんなニコニコしてられるのは、「愛」でも「優しさ」でもなく「ただのバカ」か「世間知らず」。
普通そんなことがあったら、現実的に生きていけないかもしれない。無職の夫にそんな借金どうにもできない。それなら自分も働こう、とか、何か考えるはずだ。「すぐ見つかるよ」は、裏返せば「いいから黙って仕事見つけてこい」と同意。夫をめちゃくちゃ愛してるみたいに見えて、彼女は夫を自分のために働く奴隷としか扱っていない。
本当のイイ女なら「その間私が働いて生活は繋ぐから、あなたは自分が次にしたい仕事をじっくり考えて」じゃないのか。
その、夫を人とも思わない姿勢が「仕事やめて」騒動にも思いっきり表れていて、このアマどうしたろうか、と思いながら私は画面を睨みつけていた。よくあんな人間描けたものだ。


夫も夫でうじうじふらふら周りに流されるまま流されて自分では何も決められない、村上春樹の主人公みたいなやつで腹が立ったが、しかし日本ではそういう男像の作品が奇妙にも受けるようだし実態を表してるのかな、とも思うので許さざるを得ない(笑)


この映画の功績を一つでも挙げるとするならば、「納棺師」という普段馴染みのない職業にスポットを当てたことで社会人の仕事のイメージを広げたこと。ただ、それだけ。
「死」と「生」について考えさせるほど深い洞察もなく、ヒューマンドラマとして見られるほどのヒューマンは出てこない。本来ならば完全にB級に分類されるはずの作品だ。
そんなB級映画がなぜS級の見えるかというと、それはひとえに久石譲のおかげとしか言えない。あの作業中の沈黙を埋められるのは彼の音楽でなければ。しかし音楽が豪華すぎてフィルムが負けている感はたっぷりあるが。


こんな作品が100冠など、見えないところで大人のひとたちがたくさんお仕事をしているんだろうなあと想像せざるを得ない。