ふう、と息をついて私は扉を閉めた。
ほんの一時とはいえ、客をもてなすのはいささか気力がいる。それが、他ならぬ自分であるから余計に。
私はこの、空が濃く色づきだして、プラスチック製みたいな雲がもうもうと山の向こうから顔を出し、風がなんとなく浮足だって賑わう季節が苦手だ。
空気の密度が揺らぐのに便乗して、呼びもしない客が不用意に私を訪ねて来る。
思い出したくもないというのに。
私はキッチンへ行って、冷たい紅茶を作った。
先程の客には参った。
高校2年の私が、当時思いを寄せていた少女とのあわやかな記憶をとうとうと私に語って聞かせるのである。
帰り道に待ち伏せをし、見苦しくも偶然を装ってコンビニでアイスクリムをご馳走したことや、球技大会のサッカーで、彼女に見られているのではないかという妄想のために過度に緊張した私はボールに蹴躓き、文字通り顔面から地面につっこんだ。
美しい記憶もいくつか挙げられるが、どれにしたって、今となっては顔を覆いたくなるほど恥ずかしいものであることに違いはない。
その前は、中学生の私だ。
クラスで嫌われていた少女と席が隣り合わせになり、彼女が落とした消しゴムを拾ってやっただけで、同級生の笑い者になった。
私も、彼女も、そしてクラスの誰が悪いわけでもない、ただ幼くて愚かでへたくそだったのだ、そこにいた全員が。
今ならばそう、冷静に分析もできるが、当時の私は自分の胸で燃え上がった炎をどうなだめていいのか分からず、クラスメイトの嘲笑を助長するだけの言葉をただ叫んでいた。
自分が愚かだったのは分かったから、帰ってくれないかと、私はもう一人の私を玄関まで追いやった。
その前は、大学生の私。
その前は、確か。そう、幼稚園の頃の私だ。
とっかえひっかえにやってくる客の話を、私はゆっくりと頷きながら聞いて、そして帰らせる。
苦痛なわけではない。
独特の切なさには、甘い心地よさもある。
ただ、その甘さに絡めとられると、現実の足を進めることが億劫になってしまう。
そうならないように、どうにか、そんなこともあったなと笑いをこぼして、お引き取り願うのだ。
――ピポーン。
新しい季節の風が香った。
それと同時に、また。
私は息をひとつつき、石をひとつ胎の奥に落として、玄関まで向かう。