「おてんとさまはね、知られちゃいけないことがいっぱいあるんだよ」
彼の襟が風にそよいだ。
僕はその様が、なんだか妙に懐かしくて、妙に悲しくなった。
「知られちゃいけないことが、多すぎるんだ。この世界には」
だから僕たちは、昼間、おとうさんが何をしているか知らない。先生が子もだったことを知らない。昨日いた猫の寝床を知らない。A子ちゃんの本当のきもちを知らない。
「だからね、目くらましするんだよ。おっきい夕焼けなんかをひとつ見せて、きれいだな、って思わせて、それで満足してほかのことなんて全部わすれるようにするんだ」
そのために、きれいだって思うきもちが僕らにあるんだ。
そんなひみつも、たぶん、僕らしか知らない。