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映画『カモン カモン』で引用された文章たち まとめ

映画『カモン カモン』(2021年)

(C)2021 Be Funny When You Can LLC. All Rights Reserved.

 

スタジオは『ミッドサマー』『ヘレディタリー/継承』などで大注目のA24。ホラー作品で話題になることが多いが、ヒューマンドラマも見逃せない。

『ジョーカー』を演じたホアキン・フェニックスが、本作では小学生の甥っ子相手に右往左往する等身大の中年男性を演じる。

 


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映画の感想はこちら↓

www.fusakonoblog.com

 

 

 

本作の見どころの一つが、作中で引用される「文章」の数々。

様々な書籍からの短い引用が作中にたびたび登場する。ジャンルはインタビュー術の実用書だったり、子ども向けの絵本だったりと幅広い。引用前には書籍と著者名が丁寧にテロップ表示されるのだが、この引用がいちいち核心をついていて胸を打つ。

(思えば、自分の人生もこんな感じだ。つまり、小説から実用書まで様々な本を読み、その中でグッときた一節が自分の中に生き続ける。折に触れて思い出しては、それらの言葉を人生の指針にしたり、心の支えにしたり、自分への戒めにしたりする。)

 

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『カモン カモン』で引用された文章たちをまた味わいたい…ということで、今後も見直せるよう自分用に引用箇所をまとめた。

 

 

1.『双極性熊の家族』アンジェラ・ホロウェイ著

作中の登場箇所 00:21:05

主人公ジョニーがジェシーを預かってすぐに、ジェシーの部屋で読んだ絵本からの引用。

 

テロップでは
THE BIPOLAR BEAR BY ANGELA HOLLOWAY
とクレジットされている。

 

そう遠くない昔 遥か彼方の北極の村に

北極熊の家族がいた

 

パパ北極熊 ママ北極熊 赤ちゃん北極熊

愛し合う一家だった

 

でも 何かが普通とは違う

赤ちゃん熊は気づいた

口には出さずに いつも気にしていた

パパが心配だった

 

パパは感情のコントロールが難しく

ママ熊や 赤ちゃん熊を 怯えさせることもあった

The Bipolar Bear Family
by Angella Holloway
/映画『カモン カモン』  字幕:松浦美奈

 

絵本を読みながら、双極性障害に悩む父、父の症状に悩む母、その家庭の中で「普通とは違う」と感じながらも育ってきたジェシーの生い立ちが映される。

この絵本のタイトルは、北極熊=polar bear の "polar" と双極性障害=bipolar を掛けた、捻りのあるものになっている。北極熊の一家のおはなしを通して、「双極性障害の親を持つ子ども」が家庭環境を理解できるように作られた絵本だ。

 

ついでに、映画の中でジェシーの父親の名前は「ポール」(スペルはPaulなので違うけれども)。ダブルミーニングの絵本タイトルをトリプルミーニングにした、監督のトリックだ。

 

 

 

2. 『母たち:愛と残酷さについて』ジャクリーン・ローズ著

作中の登場箇所 00:30:14

ジョニーおじさんが、ジェシーを連れてニューヨークに行くことについて妹を説得するシーン。妹の部屋で見つけた一冊の本から引用される。

 

テロップでは
MOTHERS: AN ESSAY ON LOVE AND CRUELTY BY JAQUELINE ROSE
とクレジットされている。

 

母性とは我々の文化において完全な人間とは何かという葛藤を埋める場所だ

母親は個人や政治の失敗、あらゆる問題への究極の生贄であり すべてを解決するという不可能な任務を負っている

我々は母親に社会や我々自身の最も厄介な重荷を押し付けている

母親は人生の困難な暗部に直面せざるを得ないのだ

なぜ物事を明るく無垢にするのが母親の役目なのか

Mothers: An Essay on Love and Cruelty
by Jaqueline Rose
/映画『カモン カモン』  字幕:松浦美奈

 

「小学生のジェシーのお世話」をまだ甘く見ているジョニーへの警告でもあり、妹ヴィヴの母としての苦悩を垣間見るシーンでもある。

 

 

 

3. 『撮影者ができる不完全なリスト』カースティン・ジョンソン著

作中の登場箇所 00:55:31

ニューヨークにジョニーとジェシーが移り、インタビュー活動をする中での引用。

 

テロップは
AN INCOMPLETE LIST OF WHAT THE CAMERAPERSON ENABLES BY KIRSTEN JOHNSON

 

その経験が導く先を見通せないまま相手に信頼、協力、許可を求める

その場、状況、問題から私は去ることができるが 相手はそれができない

作品によって聞き手は自分とは違う世界に入り込む

まるで気晴らしのように無敵さと不可視性を感じながら

未来に何が起きるか分からないながら 作品によって相手は話したことがないことを話し 自分が注目されるべき対象であると知る

自己イメージを創造するチャンスだが それは自分で制御できないまま世界規模で際限なく広がっていく

An Incomplete List of What the Cameraperson Enabels
by Kirsten Johnson
/映画『カモン カモン』  字幕:松浦美奈

 

こちらは書籍ではないらしく、こちらのサイトがヒットした↓

Are.na

 

 

4. 『星の子供』クレア・A・ニヴォラ著

作中の登場箇所 01:22:20

ニューオリンズの取材の待ち時間で取り乱してしまったジェシーが、ジョニーに「読み聞かせて」とお願いした絵本。作中のジョニーと同様、私も深く深く胸を打たれてしまった。これを忘れないためにこの記事を書いたと言っても過言ではない。

 

テロップは
STAR CHILD BY CLAIRE A. NIVOLA

 

地球へ行くには 人間の子として生まれること

 

まず新しい体の使い方を覚える

腕や足の動かし方 まっすぐ立つ方法

歩き方 走り方 手の使い方も覚える

声を出し 言葉を作ることも

やがて自分の身を守れるようになる

 

ここは静かで平和だが 向こうは色や感覚や音が絶えず押し寄せてくる

多くの生き物がいる

想像を超えた植物や動物

ここは常に同じだが 向こうでは すべてが動く

何もかもが 常に変化している

地球の<時間の川>に飛び込むのだ

 

多くを学ぶだろう

多くを感じるだろう

快楽や恐れ 歓びや失望 悲しみや驚き

混乱と喜びの中で 自分が来た場所を忘れる

 

大人になり 旅をし 仕事をする

もしかして子供や孫を持つだろう

長年 理解しようとする

幸せで 悲しく 豊かで 空っぽな 変わり続ける人生の意味を

 

そして 星に還る日が来たら

不思議な美しい世界との別れが つらくなるだろう

Star Child
by Claire A. Nivola
/映画『カモン カモン』  字幕:松浦美奈

 

書き起こしてしまうと何てことない文章に見えてしまうかもしれないが、映画の中で、読み聞かせのテンポでこの文章に触れると、一言一句に「そうだ、その通りだ」と感じずにいられなかった。

本の挿絵とセットならどれほどに胸を打つだろう。

どうやら日本語訳版はないらしい。是非とも翻訳されてほしいものだ。

Star Child

Star Child

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 番外編『オズの魔法使い』ライマン・フランク・バウム著

引用ではないが作中で重要な位置を占める作品。

ジェシーのお気に入りの本が『オズの魔法使い』なのだ。おやすみ前の読み聞かせとしてたびたび作中に登場する。

 

この作品が母子の「お気に入りの一冊」として選ばれていることにも、さまざまな意味を感じ取れてしまう。

 

 

作中の引用は、ジョニーと妹の心の会話でもあった

こうしてまとめてみて気づいたことだが、この“引用”はジョニーと妹・ヴィヴとの心の会話としても機能している。

 

(C)2021 Be Funny When You Can LLC. All Rights Reserved.

 

作中で登場する『オズの魔法使い』『双極性熊の家族』『母たち』『星の子供』はヴィヴとジェシーの持ち物だ。ジョニーが彼らの本を通して、一家の状況を想像したり自分の気持ちに気づいたりする。

 

ヴィヴは小説家。それゆえに多くの本に囲まれて暮らしている。

ジョニーがラジオジャーナリストとして録音した多くの子ども達の言葉によってジェニーとジェシーが繋がっていくのと同じく、ヴィヴが収集した本に触れることによってジェニーはヴィヴと繋がっていく。

 

母親から注がれた愛情も、家庭環境もそれぞれに違い長年すれ違ってきたジョニーとヴィヴ。
妹のヴィヴはどんな人間なのか。兄妹なのに知らなかったこと、見えてこなかったことを、彼女を取り囲む言葉を通じて、そしてジェシーの観察を通じてジョニーは理解していく。
家族なんだから、一緒に生まれ育ってきたきょうだいなんだから知っていて当たり前…と思いがちだが、大人になってからの「きょうだい」の距離感は子ども時代とは様変わりしてしまう。共有するものがどんどん減っていき、暮らしの環境もまるっきり変わってしまい、そして思い返せば親から注がれた愛情も全然違っていた…と気づいていく。

ヴィヴはどんな景色を見て、何を考えて生きてきたのかーーヴィヴの本棚がその一端を兄に、そして観客に垣間見せてくれたのだ。

 

上記に挙げた4作品は日本語に翻訳されていない。

いつかこれらの作品に出会えることを祈っている。