第1回はこちら↓
続きです。
改めて、全てネタバレするので未視聴の方はご注意ください。
そして長くなるのでシリーズ記事になります。
目次
4. グレースの家
(1)目覚め
混乱して全裸で家の外に飛び出し、車に轢かれたボー。
ピンクでメルヘンドリーミィな部屋で目を覚まします。
窓際のサンキャッチャーが部屋を虹色に照らします。まるで夢の世界に来たみたい。
サイドテーブルには接着剤で復活させてくれた白いマリア像。「接着剤、つけたて!」の手書きメモ付き。
毛布の上にはナースコールのボタンが。「何かあったら押してね!」と書いてあります。
『不思議の国のアリス』に登場する「私を食べて」のクッキーみたいですね。
ナースコールがあるってことは、ここは病院なのかな…? でもこんな女子中学生の趣味全開の部屋みたいな病室、ある…? 妖精とユニコーンのおとぎの世界にでも来てしまったのかしら…?
コールボタンを押すと、感じのいいオバサンが現れます。
「気分はどう?」と、目覚めたばかりでぼんやりするボーを気遣ってくれます。
どうやら2日も寝ていたらしい。ボーの顔は傷だらけ、左手は動かせず腕にも擦り傷があり脇腹には大きな絆創膏…満身創痍です。そりゃあ2日間、意識不明でもおかしくありません。
ボーの最後の記憶は…「車に轢かれたっけ…?」
オバサンは答えます。「そう、事故だったの。私の車があなたを撥ねちゃったの」
しかし、全身の怪我はそれだけが原因じゃないみたい。
なんとボー、車に撥ねられた上に、例の連続殺人魔にもしっかり刺されていたのでした。(不運!!!)
道路に倒れたボー(全裸)に、殺人魔(全裸)が馬乗りになってナイフを突き立てます。腹を刺され、何とか抵抗しようと手を出して、その手をグサグサやられてしまいます(イテテテテ)。「何でこんなことを? 何で!?」ボーは刺されながら叫びます。もう、そんなことの連続だよね。
全てを思い出したボー。
「えぇぇ…!?」思わず叫ぶボー。
「でしょー!?」一緒に叫ぶオバサン。でしょーじゃないよ。
不幸中の幸いにも、内臓は外しているので治りは早いみたい。
この優しく気の良さそうなオバサンはグレース。後から現れた、チョビ髭がキュートな気さくな旦那さんはロジャー。高名な外科医なのだそうです。
ボーを車で轢いてしまったグレースが自宅に彼を連れて行き、ロジャーとともに手当をしてくれた…ということのようです。轢いてしまった罪滅ぼしもあるのでしょう。「治るまで我が家だと思ってゆっくりしていけばいい」と、二人は仮の宿を提供してくれます。足首にはスマートウォッチ風のガジェットが巻きついていて、いつでもボーの健康状態をモニタリングできるので治療体制も万全です。
自宅はデス・シティ、マンションは中も外も破壊されてしまったボーにとってはこの上ない安住の地。
あれ? そういえば、お母さんが死んだのは、あれは現実…?
頭が混乱するボー。
ロジャーとグレースの前で泣き出します。「ママの頭が潰れて…死んじゃったって…」子どものように咽び泣くボー。グレースは「悪い夢を見たのね」と優しく慰めてくれます。
心も身体も傷だらけで、お金も荷物も何もかも失ってしまったナイーブで無防備な状態のボーを、母のような優しさでグレースが包んでくれます。
(2)夕食
夕方。
動けるようになったボーは夕飯の席へ。
ボーと、ロジャー&グレース夫妻の3人の食卓です。
食事の前に、部屋の一角に設けられた亡くなった息子の遺影コーナーをじっと見つめながら、3人で祈ります。
お祈りコーナーを見つめるグレースは、ただならぬ表情。失った息子に対する気持ちがめちゃくちゃ強いみたいです。
そんな妻を見つめる夫・ロジャーはちょっと呆れ顔…。「えーと、そろそろ食べ始めようか…?」と切り出すと、やっと夕飯が始まります。ロジャーに対しては真剣な眼差しで話すグレースも、ボーの方を向く時には、幼い子どもに向けるような優しい笑顔で話しかけます。ボーを完全に庇護の対象として見ているのでしょう。
亡くなった息子はネイサン。(ロジャーが「ネイト」と愛称で呼ぶと、グレースがすかさず「ネイサン」と正式名に訂正します。)陸軍に従事して戦死してしまったそうです。
どうやらグレースは、戦死した息子ネイサンの代わりとして、ボーを可愛がっているようです。
…写真を見る限り、ネイサンが亡くなったのは20代そこら。ボーは見るからに40〜50くらいのおじさんなんですけどね。
この夕食の席で、ボーの重大な秘密が明かされます。
ロジャーがボーを診察した際に発見したこと…「睾丸が腫れ上がっていて、精巣の病気を持っている」ということ。
ボーは驚く様子もなく、どうやらもう知っていた様子。
このボーの病気が、彼の人格形成にどうやら大きく関わっていたようです…。
3人が食事をしていると、一家の娘・トニが帰宅します。中学生くらいの女の子。
しかしロジャー&グレースはトニにとことん冷たいです。
トニが帰ってきても「まったく、死んだのかと思った」と、不良娘の久々の帰宅に呆れるような口ぶり。
しかもボーが寝ていた部屋は、トニの自室。(だから10代の女の子趣味全開の部屋だったのか。)2日間も、トニの部屋でボーを寝かせていた両親。使い主のいない空き部屋が1つあるのに、ね。
…なんというか、家父長制バリバリの家庭とかだったら、長男ばかりを可愛がって妹を蔑ろにするのってあるあるだと思うので…これもそう珍しい光景ではないかも、と思うとなんとも嫌〜〜〜な気分になります…。その長男が戦死という名誉ある死を遂げたことで神格化され、まだ生きていて出来の悪い妹はより一層、両親から蔑まれる…。長男がいなくなった分、親の関心が少しは妹に向くかと思いきや、今度は赤の他人のオッサンを可愛がり、自分の部屋に寝かせる始末。トニがグレまくるのも無理はない…。
拗ねたトニは精神薬らしき薬を持って、出かけてしまいます。
一見、聖人のように優しいかと思っていた夫婦の陰険な面を垣間見てしまい、ボーはいたたまれない気持ちになります。
うん、知ってたよ。100%の善人なんていないって。知ってたけどさぁ、陰の部分がこれってのがまぁ、なーーーんかありそうすぎて、嫌ーーー…。
(3)コーエン弁護士への電話
今や、スマホも財布も失ってしまったボー。全裸で家を飛び出してきてしまったボーが唯一持っているのはお母さんへのお土産のマリア像だけです。
なんとか母親の状況を確かめねばと、グレースの家の電話を借ります。
「市外局番を押してね。かけたい番号は分かるの?」とグレースに聞かれ、「ママに暗記させられた」と答えるボー。(これもなぁ…受け答えが4歳児なんだよなぁ…中年の大人だったら「はい」でいいんだよなぁ…。)
プライバシーを配慮してくれたのか、庭のベンチで電話をかけさせてくれます。歩くたびに全身は痛みますが、なんとか外には出られたボー。
お庭は広くて、ガーデニングも素敵。ロジャーが高名な外科医ということで、さぞかし裕福なのでしょう。
庭には、謎の男が佇んでいます。
彼の名はジーヴス。
息子の最期を看取った戦友だったそうです。戦争のトラウマで精神錯乱状態になっているらしく、薬を飲ませないと暴れ出してしまうらしい。なるほど、どうやら、この夫婦がどうしようもなくなってしまったおじさんをお世話するのはボーが初めてではないようですね。
ジーヴスのことは放っておいて、電話をかけるボー。
電話の相手は母親の担当弁護士、コーエンさん。
「コーエンさん、母が亡くなったというのは本当なの?」と状況を確かめようとするボー。
しかしコーエンさん、ボーへの当たりがめっちゃくちゃキツい。
「シャンデリアで母親の頭が潰れた件か? そんで、実の息子のお前が3日間も音信不通だったことか??」とボーをきつい口調で責めます。
動揺を隠せないボー。途方に暮れてボーは呟きます。
「どうすればいい? 僕はどうすればいい?」
…この感じがコーエンさんに嫌われてるのかも…と思ってしまうのは私の穿った見方でしょうか…。
「葬儀屋に電話したらいい?」とボーが訊ねると「もう全部こっちで手配済みだよ!」と一蹴。
「聖書によれば “遺体は朝まで置いてはならない” というが、もう3日も遺体を置いたままだ。母上への冒涜だ。母上の遺言で、ボーが帰るまで埋葬は待つことになっているが、待てば待つほど死者を辱めることになる。母上も、遺体を見守る周囲の人たちにも休息はない」コーエンさんはボーを責めます。
「だって、車に撥ねられたんだよ、それで意識がなかったんだよ…」と泣きながら言い訳を並べるボー。もちろんコーエンさんにはそんな言葉は響きません。
「早く帰ってこい。弔いにふさわしいスーツ姿で」
……なんか……母と、母の周りの人たちにとって、ボーってどんな存在だったんでしょうね…。
母親を失くすなんてただでさえものすごく悲しいことなんだから、どんなに周囲に嫌われていたような人でも、少しは親身に寄り添ってくれても…寄り添わないまでも、多少は労わってくれても良いはずです…。なのに母を失ったボーに追い討ちをかけるようなこの言い様。
最後の「ちゃんとスーツ着てこいよ」という忠告も、中年に言う助言じゃないよね…それを言わなきゃボーがまともな格好をして来ないと思っているみたいです…。ボーの過去の行いがそれを言わせているんですかね…。
母親にはとても愛されていたようですが(その愛がちょっと重ためだった気配はありつつ)、母親の周りの人には疎まれていたのかも…しれません…。
コーエンさんとの電話ですっかり打ちひしがれてしまったボー。
すぐに実家に戻らなきゃ。母親を埋葬してあげなきゃ。
グレースに「すぐに実家に帰らなきゃ」と訴えますが、この怪我の具合ではどう考えても無理です。ボーにはお金も車もない。
「なんとか帰る方法はないかな!? 午後の飛行機に間に合わないかな!?」と泣きじゃくるボー。(……これ以上言うまい。)
ロジャーに「安静にしないと」と説得されますが「今すぐ帰る」と涙ながらに食い下がり、間をとって明日、ロジャーが実家に車で送ってくれることになります。
(4)人は「伝え方が9割」
夜。夕飯後のまったり時間です。
グレースは日課らしきジグソーパズル。パズルの絵柄は…息子ネイサンの肖像の特注パズルです。(んん…!!)
ボーもピース探しをお手伝い。ロジャーは横で新聞を読んでいます。平穏な一家団欒の心温まるワンシーンのようです。…ボーがいたいけな少年なら、ですが…。
寝る時間になると、ボーはトニの部屋へ。
ロジャーはグレースとラブラブらしく、ウッキウキで寝室へ向かいます。
ベッドの上には新品のパジャマが。一家からボーへのプレゼントらしく、シルクのようなツヤツヤした記事にボーの名前が刺繍されています。
かたや、実の娘のトニは居間のソファで雑魚寝。深夜なのにチップスをバリバリ食べる不健康っぷり。
それに気づいたボーが「あ、部屋を取っちゃってごめんね。もし良かったら代わろうか? 僕は全然構わないよ」と申し出ます。(中年が10代の部屋を奪ったことについて「良かったら変わろうか、構わないよ」と言う無神経ぶり。ボー、言い方、言い方なんだよなー、言い方が9割。心根が優しいのは分かるんだけど言い方が間違ってるので9割間違ってる。)
反抗期のトニは敵意剥き出しで「さっさと私のベッドに戻れ」とはねつけます。
意思はないけど優しさだけはあるボー、「じゃあ、気が変わったら言ってね」と言い置いてトニの部屋で横になります。
この家に来てからというもの、ボーがみるみる幼児退行していくのが分かります…。
そのまま夜を迎える…かと思いきや。
窓の外を、トニが歩いていきます。庭にあるキャンピングカーをけたたましくノックして、そこで寝起きしているジーヴスを呼び出します。
な…何…? 何事…?
何かいけないものを見てしまった気がする…。
不安を逃すために、ボーはベッドサイドのマリア像を胸ポケットに忍ばせ、眠りにつきます…。
(5)自分を責めるのはやめて
翌朝。
ダイニングでボーが座っていると、トニが自室でなにやらブチギレています。「勝手に人のもの触るなよ! さいあく! あいつ私の歯ブラシ使った!?」と喚く声が聞こえます。ボーが部屋で過ごしていた形跡が気に入らないのでしょう。(でも頼むからトニの歯ブラシを使ったわけではないと言ってくれ、ボー。)
しかし家族全員から完全にシカトされているトニ。「まーた何か喚いてらぁ」くらいに思われているのでしょう…。
さて、今日はいよいよロジャーがボーを実家に送ってくれる日です。ヤッタネ!
グレースは株主総会に出席するので来れませんが、ロジャーが運転してくれます。
「気分はどうだい? 実家に帰るのは悲しいかい、ボー? 非現実的な気分だろう?」ロジャーが気さくにボーに訊ねます。
悲しい? 悲しいのかな…。やっと帰れるのは嬉しいはずだけど、でも「嬉しい」というのも不謹慎だしな…。非現実的…? いやむしろこの家にいた時間の方が非現実的だったような…。
ロジャーのおかしな質問に、「どうだろう、分からない」と濁すボー。
するとロジャーとグレースはピタリと手を止めます。
「そうか。じゃあ、それほど悲しくないんだね」ロジャーの声が沈みます。
「そんなことないよ、もちろん悲しいよ!」と訂正するボー。
…なんだかこういうやりとり、冒頭のカウンセラーともしていたような…。あのカウンセラーもこのロジャーも、どうも変な質問をしてくるし、ボーの受け答えに嫌〜な決めつけをしてくるよな…?
おかしな流れになりかけましたが、「とにかく、出発しなきゃ」とボーが会話を打ち切ります。
いよいよ出発だ…と思ったその矢先。
ロジャーのスマホに不穏な電話がかかってきます。
あー、うん、分かってた。分かってたよ。
売れっ子外科医のロジャー。
財布もスマホも、そして運も持っていないボー。
そりゃそうだ。
そりゃそうだよね。
ロジャーに急な手術が入って、ボーを送ってあげられなくなるよね。
振った設定をしーっかり回収してくれる、なんて期待を裏切らない展開でしょう。(好き!)
ボーは涙ながらに「そんなの困る! なんとしても今日帰らないと!」と訴えますが、仕事は仕事。ボーの帰省は翌朝に延期されてしまいます。
ボーは必死に他の手段も検討しますが、お金もない、体もボロボロの彼に実現可能なプランはありません。ロジャーの言う通りに従い、明日の朝、車で送ってもらう。もうそれしかありません。
途方に暮れたボーは何も言葉が出てきません。
その沈黙を、ロジャーは合意したと勝手に受け取ります。
そして言うのです。
「明日送るってことでいいかい? 遠慮はいらないよ。決めるのは君だよ」
……善人の皮を被ったロジャーの、卑怯な一面が顔を覗かせます。
「決めるのは君」って…ボーに決定権なんてないじゃないか。
ボーにはロジャーに送ってもらう以外の選択肢は与えられていなくて、かつ他の選択肢を開拓する能力も彼にはなく、ロジャーが「明日じゃないと送れない」と言うならそれに従うしかない。ロジャーの言葉にひれ伏すしかない状態なのに「これは君が決めたことだ」と責任だけは押し付けられる。
こんなことって、あるかい。
あまりの仕打ちに、ボーはなんの言葉も出てきません。ただただ、非難の目でロジャーを見つめるボー。しかしロジャーはそんな目線を意に介しません。(ま、患者の個別事情にいちいち肩入れしてたら外科医なんてやってられませんわな!)
交渉成立!(ボーは全然納得してないけど!)
そんなわけで、ロジャーは仕事へ、グレースは株主総会へと出かけます。
…このとき、グレースが不審な動きをします。
「N」と書かれたマグカップ(おそらく亡きネイサンの)に水をなみなみ注いで、ペーパーナプキンの上に置いてボーへ差し出した…かと思うと。ロジャーが近づいてきたタイミングで自分の方へ引き寄せてしまいます。ボーに飲ませたいのか飲ませたくないのかよく分からない仕草です。
そして出かける直前になると、またそのマグカップをボーの目の前へ。「たくさん水を飲んで」と念押しします。そしてロジャーの目を盗んで「カメラが…」と言いかけます。しかしロジャーに遮られて、何を伝えたかったのかは分かりません。
二人に置き去りにされたボーがマグカップに手を伸ばすと…。
「自分を責めるのはやめて」
ペーパーナプキンに手書きのメッセージが。
何これ。どういう意味? なんの話???
確かめようにも、グレースは家を出て行ってしまいました…。
(6)母親の正体
家に一人取り残されたボー。
まずは状況報告のためにコーエンさんに電話です。(報連相はきっちりしている。)
留守番電話に「向かってます」と吹き込みますが(向かってないやろ)(この無理のある取り繕い方がまた)、なぜか「受信ボックスがいっぱいで録音できませんでした」と拒否されてしまいます。(不運!)
電話をしながらカーテンの外を眺めていると、遠くの林の中に人影が…。黒いセーターの男性のようです。特に気にせずスルーします。
家の中をうろついていると、亡き息子・ネイサンの部屋を発見。ドアの前に「ネイサン以外は立ち入り禁止」と書かれています。きっとグレースが大事に大事に彼の遺品を残している部屋なのでしょう…。
手持ち無沙汰のボー。
トニの部屋に戻って、パソコンを発見します。
母親の死について情報を集めようと、Googleで「モナ・ワッサーマン 死亡」と検索します。
するとニュース映像がヒット。
「MW社CEO ワッサーマン 死去」
なんとボーのお母さんは、デンタルフロスの大手メーカー、MW社のCEOだったのでした。MW社といえば冒頭のフリーマーケットで屋外広告が出ていたし、男性用シャンプーのCMもMW社のものでした。
ボーママ、めちゃくちゃ成功者やん。
ではなぜボーはあんな暮らしを…なぜこんなことに…。
ニュース映像は、母親の自宅(ボーの実家)を映します。聞いていた通り、シャンデリアが頭に落ちて亡くなったことを報じます。享年70歳。
第一発見者の配達員も突撃されて、コメントを求められます。配達員は背中を向けて、カメラに映りたくない様子。(…あれ? ボーが電話した発見者の人、こんな話し声だっけ…? 気のせい…?)
取材は社員にも及びます。
カメラに映ったのは「MW社員 エレイン・ブレイ」。
「まだ信じられません…」とカメラの前で語っています。
え?
この人…。
この女性は…!!
衝撃を受けたボーは、パソコンの画面に嘔吐をぶちまけます。そう、トニのパソコンに。(ボーの次にこの物語の不運な被害者がいるとすれば、それはトニです。)
それを見たトニはもちろん大発狂!
ボーは慌てて取り繕います「あーっごめんごめん、ちゃんと拭くから!」と拭くものを探しますが、ここは赤の他人のトニの部屋、ティッシュの置き場所なんて分かりません。「綺麗にするから」と言いながら右往左往するだけのボー。とにかく拭くものを探してツヤツヤキュートなクッションを手に取ります…まさかそれで拭くわけじゃないよな、と一瞬、観客の肝が冷えますが大丈夫、パソコンはそのままになります。なぜならトニが「出発するよ」と言い出すから。
(7)トニの拉致連れ回し
なんと、トニが「あんたを実家に送る」と言うのです。なんだかおかしな展開ですが、ヒステリックに急かされてボーは従うしかありません。
外に停めてあった車の助手席には、トニのお友達も乗っています。女子二人とドライブです。
(見た目と言動からトニは中学生くらいかと思っていましたが…車を運転できるってことは高校生なのかな…? ただトニのグレっぷりを見ると、中学生でも親の目を盗んで無免許で乗り回している可能性はあります。)
「送ってくれてありがとう…」と心底感謝するボー。
が。
「は? 送るってどこに?」助手席の友達の一言で、ボーが完全に騙されていたことが発覚します。
運転席に座るなり、ハッパに火をつけて吸い始めるトニ。
あかん。この子、完全に不良や。
トニもトニなら、友達も友達。
ボーをスマホカメラで撮影しながら、いじったり煽ったりします。
どうやらトニにボーのことを聞いて、からかってやろうと画策したようです。この動画はクラスメイトにばら撒かれるのか、ネットにアップされるのか…それは分からないし、スマホを失ったボーには今後も分かるはずないのですが、とにかくカメラはずっとボーを撮影し続けます。
今度はトニが、吸っていた葉っぱをボーに差し出し「吸え」と強要します。
最初は「リラックス効果があるから、お父さんが吸うように言ってた」とそれっぽいことを言っていますが、さすがにボーもそこまで無知じゃありません。これが吸っちゃいけないドラッグの類だということくらい分かります。
ボーが頑なに拒否すると「吸わなかったら、あんたが私を暴行したと言いふらす」と脅迫。
車のロックを開けることもできず、身体もボロボロなボーに逃げ道はありません。
仕方なく、言う通りに従うしかないボー。
ハッパを受け取って吸い込みます。
言われるがままに深く吸うと、慣れていないボーは咳き込んでしまいます。その稚拙さに女の子たちは大爆笑。もうすっかり、ボーは女子2人のオモチャです。
ドラッグに慣れていないボーはハッパがモロに効いて、意識が朦朧としてきます。
ぼやける意識の中で、運転席の2人の会話が聞こえます。「あの子、ムカつく」「あの先生、成績にDをつけてきやがった」「マジでクビでしょあんなやつ」…。
……なんて幼稚な会話なんだ……!!!
グレて悪ぶっていて、車を乗り回したりドラッグを吸ったりはするけれど、彼女たちの会話の内容はクラスメイトの悪口や教師の悪口…可愛い中学生のそれでしかありません。しょせん10代の女の子たちなんだ。
だからこそより一層、そんな子どもたちに良いように振り回されているボーの幼さが際立ちます…。
もうね、今のボーは小学生か幼児なんです…そのくらいの自己決定権しかないんです…。自分の行動は親(ロジャー&グレース)次第。幼いはずのトニには、さらに幼い弟のようにいじめられる。やりたいこと、やるべきことを自分で決められないし、「これをするぞ」と思っても自ら実行する能力がない。
身体は50歳のおじさんなのに…!!
ドラッグによってどんどん現実の感覚が遠ざかっていくボー。
もちろんトニはボーを実家になんて送ってくれません。家の周りをドライブして連れ回しているだけです。
ボーが窓の外を見ると、そこに遠い記憶の中の女性を見ます…あれは母…ではなく、テレビに映っていた社員の女性…?
5. 記憶
(1)愛するマーサ、初恋のエレイン
記憶の中。
少年ボーは、母親とともにリゾート・バカンスに来ています。
母親はボーに訊ねます。「マーサが恋しい?」
少年ボーは答えます。「もちろん。マーサを愛してるもん」
マーサとは、最初の母親への電話で取り次いでくれた例の家政婦。
「愛してる?」母は聞き返します。
「友達みたいに良い人だし、好きだよ」とボーは答えます。
…確かに、家政婦に対して「愛してる」はちょっとオーバーな表現です。
ボーはそれほど深い意味はなく言ったのかもしれませんが…。
家政婦に対して何の衒いもなく「愛」を口にする息子に、母親の複雑な心境が察せられます…。
2人は、ボーと同じくらいの年頃の女の子を見つけます。濃い茶色の髪の女の子。
ボーと目があいますが、ボーは引っ込み思案だし2人はそれっきり…。
かと思いきや、すぐに再会のチャンスが訪れます。
ボーが部屋で1人で過ごしていると、女の子が「プールに死人がいる!」と叫びだしたのです。
2人は係員を呼びに行き、プールに浮かんだ男の水死体を回収してもらいます。
長いフックで大人たちが死体を回収している傍らで、ボーと少女は死体などないかのように自己紹介タイムに入ります。
女の子の名前は「エレイン」。
…そう、MW社の社員としてテレビに映っていた、あの女性です。
エレインはこのリゾートにお母さんと2人で来たそうです。父親は浮気三昧なのだとか。幼くして大人の醜い部分に触れてきたエレインは、汚い言葉を使うし、なんとも垢抜けて見えます。かたや堅物で四角四面なボーとは対照的な奔放さ。
エレインはボーにポラロイドカメラを渡すと「私と死体のツーショット撮って!」と言います。言われるがまま、プールサイドでシャッターを切るボー。
…ボーの自宅の引き出しの中にあった、水着姿のエレインのポラロイド写真は、きっとこの写真だったのでしょう。
これが2人の出会いでした。
(2)母の呪い
同じリゾートに泊まっている2人は度々顔を合わせていたのでしょう。そして母親にもそれが知れています。まぁ、母なら気づいて当然ですね。
「ああいうタイプが好みなの?」
ボーは小っ恥ずかしくてはぐらかそうとしますが、母親は「恥ずかしがらないでいいのよ」とボーにしきりに恋バナを振ります。
「アドバイスしてあげてもいいのよ。女のことが分かるのは女だけなんだから。男は盲目。批判じゃないわ、それが男の魅力だから。今のままのあなたが誇らしい」
……美しくて仕事のできる母親から注がれる、息子への言葉のシャワー。
それはまるで呪詛のようです。
口下手なボーはそれに対する返答を持ち合わせていません。
「うるさいなー、ほっといてよ」と拒否することもできず、「あの子に惚れちゃったー、ママ、うまくいくようにアシストしてよ」と正直に甘えることもできず、「ありがとう、ママ、大好きだよ」と可愛い息子を演じることもできない。
だって、ボーの中には何もないのだから。
母親からしきりに注がれるものをひたすらに受け止めるだけで精一杯で、母親への愛情も、少女への初恋の気持ちも、女性に対する好奇心も、全て自分で知覚できない。形あるものとして自分の中の感情を捉えることができない少年ボーに、他者との巧みな意思疎通などできようはずがありません。
その深い瞳で母を見つめ、微笑みのような戸惑いのような、微妙な表情を浮かべるのが精一杯なのです。
…そしてそんな、打てど響かぬボーだからこそ、より一層、母親はあれやこれやと自分の感情を浴びせてしまう…「おかしいな、これを言えば反応が返ってくるかしら」「こう言ってみたら意思表示してくれるかしら」と…。
この時の母親の作戦は「初恋に理解のある母」を演じることでした…。
ボーの初恋の背中を押します。「あの子はラッキーよ。どんな女だろうと、あなたに選ばれるのはラッキーよ」と。
ついでに付け足します、「正しい伴侶を選ぶことが人生で最も大切」と。
…母の本当の胸の内はいかほどだったでしょうか…。
自分への愛情表現が薄い割に、家政婦に対しては気安く「愛している」と言い、年頃を迎えて他の女の子への関心を持ち始めた息子に…。自分への愛情、自分への関心、自分への言葉、自分への表情が欲しかった母親は、どんな気持ちで息子に恋バナをふっかけたのでしょうか…。
そして「正しい伴侶を選ぶ」とは…。
彼女は正しい伴侶を選ぶことができたのでしょうか…。
ボーの父親は彼女にとって、正しい伴侶ではなかったのでしょうか…。
(3)ボーの初キス
ドラッグのトリップをしているボー。いつの間にか自宅です。ロジャー&グレース夫妻が帰宅します。
ラブラブのロジャー&グレース夫妻は手を繋いで寝室へ。グレースは何かボーに言いたげな雰囲気ですが、黙って夫についていきます。
パジャマのまま1日を過ごしたボーは、リビングのソファでまだぼんやりしています。
再び、ボーの意識は記憶の中へ。
リゾートホテルの部屋で、母親とボーは寝支度です。
「今夜は早く寝ようかな」母親は呟きます。
「オッケー」とボー。
「まだ決めてないけど。もし起きていて欲しいんだったら、一緒に散歩に出て星を見たりしてもいいけど…」
「……」
めんどくせぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!!!
母親の匂わせ、めんどくせぇぇぇぇ〜〜〜〜!!! 「散歩に行こうよ」って言え〜〜〜!!! 10代か! 10代の恋人か!! 付き合いたての若いカップルか!!!
息子に「ママ〜まだ寝ないでよ、一緒にお話ししたいよ」とかいう気の利いたセリフを期待するなぁぁ〜〜〜〜〜!!! 息子に彼氏の役割を期待するなぁぁ〜〜〜〜!!!!
…でもいる、いるよね。ここまで面倒な匂わせをするかどうかはともかく、息子に彼氏の役割を担わせる母親。ましてはこの家庭には、(理由は不明ですが)父親がいないのです。もしかしたら、母親はボーに亡き夫の姿を重ねているのかもしれません…。
しかし母親の期待虚しく、ボーは無反応。そうです、察しの悪い&たとえ察したとしても気の利いた対応をできないボーは、母親が期待する言葉なんて返せません。ボーのコミュニケーションの引き出しは幼児の頃からほとんど増えていないのだもの。
早々に諦めて、母親は寝ることにします。
寝ている間にボーは部屋を抜け出し、エレインに会いに行きます。(映画には描かれてないけど、ぜったい母親は寝てないし、ボーがエレインに会いに行ったことを察してるし、死ぬほど嫉妬してる。)
夜のプールサイドに並んだスイーツビュッフェを物色するボー&エレイン。
しかしボーは何も食べません。
「エクレアにはカミソリが隠してある」「着色料で癌になる」色々な理由を並べて手を出そうとしない。母親に教え込まれているのでしょうか。ヘルスケア会社の社長なので、多少偏っていても不思議はありません…。
早熟なエレインは話題もオトナです。
「あなたって童貞?」
初めての刺激的な話題に驚くボー。
「いいのよ、私だって処女だし。だからって何よ」
するとボーはエレインに打ち明けます。
「僕は童貞でいなきゃいけないんだ。遺伝の病気で。僕の父もそれで死んだ」
ボーは精巣の病気を抱えていると言っていました。どうやらそれは父からの遺伝だったようです。
エレインは徐にチョコレートファウンテンを指に絡めると、それをボーの口に突っ込みます。
初めてのエロティックな触れ合いに戸惑うボー。驚くばかりで何も反応できません。
「キスしたっていいのよ」とエレインに迫られ、混乱しながらも勢いでボーはエレインにキスしてしまいます。
ボーの初キス。
…病気のためにセックスが禁じられたボーにとっては、これがもはやバージン喪失の瞬間と言っても過言ではない…。
しかし、そこへエレインの母親が駆けつけ、エレインを部屋へ呼び戻します。慌てて部屋へ戻るエレイン。
ボーは弱々しく「ごめん…」と溢すしかできません。謝る必要なんてないのに…エレインに迫られてキスしたのに…。
(4)エレインとの別れ
再び現実に引き戻されたボー。また荒れ狂うトニが何か喚いています。
どうやらドラッグに酔ったままソファで寝ているボーを詰っているようです。「ルールを決めたくせに破ってる!」…うーん、この子の情緒もよく分からん…まぁ箸が転んでも腹が立つお年頃なんでしょう…というか、突如現れて自分の部屋を占拠し両親の関心を奪っていった中年親父のボーの一挙手一投足が憎くて仕方がないんでしょうね…ベッドで寝てもそれはそれでイラつくはず…。
荒れ狂うトニはまた庭のキャンピングカーで眠るジーヴスのところへ。けたたましいノックの音がボーの記憶にリンクします。
エレインとの初キスの後。
ホテルの部屋に戻ったボーが眠っていると、大きなノックと共にエレインが侵入してきます。
突然のことに混乱して叫び声を上げるボー。目を覚ましてボーを庇う母親。
エレインはボーに喚きます。「連れていかれちゃう! 船から降ろされる! 愛してるの、私を待っててくれる?」
寝起きでぼんやりしているボーに、エレインは熱いキスを送ります。そしてメッセージを添えたあのポラロイドを渡すのです…。
ボーの母親が驚いて混乱している間に、エレインの母親がエレインを引きずり出します。エレインの母親がエレインを引っ張り、エレインがボーを引っ張り、もう地獄の様相。
どうやら同年代の男の子をたぶらかしたエレインに怒った母親が、すぐさま船を降りる(そもそもこれ、船だったんですね)ことにしてしまったようです。
感情が昂ったエレインは、ロミオとジュリエットよろしく、親の都合によって引き裂かれる恋人に愛のメッセージを残しに駆けつけたのでした…。
しかしボーと母親にとっては青天の霹靂、何のことやらと戸惑っている間に親子は部屋から去っていきます…。
エレインは「ボー、愛してる。私を待っててね。約束よ」と言い残します。
そしてエレインは、ボーの前から去って行ったのでした…。
…母親の愛情に加えて、初恋の少女エレインによっても、ボーは呪いをかけられます…。
「愛してくれたエレインを、待っていなければならない」という約束を。
ボー自身は彼女に気持ちを伝えてはいないし、そもそもこの気持ちが恋なのか何なのか、答えが出ているわけでもありません。世間から見れば「初恋」なのでしょうけど、成り行き上そうなっただけでボーが積極的に選んだ相手というわけではない。
しかしボーの気持ちを置き去りにして、エレイン、エレインの母、そしてボーの母親というボーを取り巻く女たちが、勝手に物事を進めてしまうのです…。
ボーにはそれら全てを「しーらね、俺が決めたことじゃないし」と無碍にすることなどできない、従順で素直で心優しい人間だというのに…。
5. グレースの家からの旅立ち
(1)ジーヴスの襲来
再びボーの眠りはトニによって妨げられます。
トニが「あいつはソファにいる!」と叫ぶと、そこに突撃してきたのはジーヴス。ロジャー一家の庭で暮らしている元軍人です。
なんと、彼がボーを襲おうとして突撃してきます。あちこちのガラスを割って暴れます。完全に錯乱しているジーヴス。鎮静剤の注射が背中に何本も突き刺さっています。
ロジャー&グレース夫婦がそれを必死に止めます。彼を押さえつけて、鎮静剤の注射をさらに打ち込みます。
驚いて壁に後ずさるボー。
「大丈夫よ、心配ないわ。錯乱してるだけ。ジャングルで彼が救出された時もこうだったの。気が動転して、敵味方かまわず銃を乱射してたのよ。自分の仲間に対してもね。彼は英雄なのに、受け入れたのは私たちだけ」
「朝になれば彼も大丈夫さ」
夫婦でボーに語りかけます。
…ジャングルの戦地で錯乱し、味方にまで銃弾を浴びせたジーヴス。
戦争の英雄なのに誰にも歓迎されず、ロジャーの一家で鎮静剤を打たれながら生涯を送るジーヴス…。
彼は…彼は何なんでしょう……。
(2)ボーのトゥルーマン・ショー
壁に張り付いたまま、気がつくと、朝。
今度こそロジャーが実家に送ってくれる日です。
グレースの話し声が聞こえてきます。どうやら電話口で揉めているようです。「契約にそんなの書いてない、話が違う。私だって母親なのよ」と口論しています。
そこへ現れるロジャー。
「出発前のさよならバーベキューだ!」と肉をたっぷり用意します。
いやあの、バーベキューなんていいから早く実家に送って欲しいんですけど…という反論をする気力はボーにありません。ドラッグを吸わされトラウマの記憶を夢に見て、夜中に何度も起こされてボーの意識は朦朧としています。
電話を終えたグレースがボーをソファに座らせてくれます。
「あなたを見守り、愛し、想いを知るものとして伝えなきゃいけないことがあるの」グレースは物々しい表情でボーに打ち明けます…が。ロジャーに呼ばれて遮られてしまいます。
どうもロジャーは、甲斐甲斐しくボーを世話するグレースが気に入らない様子。口ぶりだけは優しく、しかし有無を言わさぬ威圧感で「手が足りないから手伝ってくれないか?」とグレースを外へ誘い出します。
ロジャーの不機嫌を察知したグレースも、聞き分け良く「もちろんよ」と返します。
ソファに取り残されるボーに「テレビでも観ていたら」とリモコンを手渡して…頭にいたわりのキスをする振りをして「78番チャンネル」と言い残します。
リビングに取り残されたボーが、言われた通りチャンネルを合わせてみると…。
画面に映ったのは、今いる自分。
天井の監視カメラで撮影をしているようです。
自分が立ったり動いたりすると、画面の中の自分も同じように動きます。
盗撮されてる…?
さらに一時停止も巻き戻しも早送りもできるらしい…。
早送りをすると、未来のボーの行動まで画面に映るのです。
1人森の中へ旅立ち、最後にはボートの上に乗っているボーの姿…これは一体何なの…?
誰が、何のために撮影してるの…? この未来は本当に起こるの…?
この映像は一体何…?
その疑問もすぐに打ち破られます。
またもや、トニの乱心によって。
(3)旅立ち
トニの叫び声に振り向くと…スーパーガチギレモードのトニがボーを呼んでいます。手にはペンキの缶を持って。
戸惑うボーを、亡くなった息子・ネイサンの部屋へ引きずり込みます。
そう、グレースが大切に大切に置いていた、立ち入り禁止のネイサンの部屋へ…。
乱心したトニはペンキの缶を開けて「このペンキで壁を塗るんだ!」と捲し立てます。
そんなことをしたらグレースが悲しんでしまう…そんなことはできない…ボーは立ち尽くします。
お手本とばかりに、トニは壁にペンキでボーの名前を書き付けます。影に飾っているポスターや写真などお構いなし、その上からパステルピンクのペンキが塗られます。
ボーは必死に止めようとしますが、トニは止まりません。
両親は自分を一切顧みない。
亡くなった兄の代わりに自分が可愛がられる番かと思いきや、兄の代わりは中年おじさんのボー。子供部屋おじさんどころか、自分が使っている子供部屋を取り上げる赤の他人です。
ボーに復讐したい。両親に復讐したい。両親に「兄の代わりにボーというおっさんを可愛がっているんだ」と突きつけてやりたい。兄の思い出の部屋をボーと一緒にめちゃくちゃにして、ボーも自分と同じくらい両親から嫌われて欲しい。従順なボーを試してやりたい。自分の兄の部屋の処遇について、自分に意見してくるボーが許せない。
あらゆる感情が溢れかえって、トニの行動はめちゃくちゃです。ドラッグも吸ってハイになっているのでしょう。でも、兄に対する劣等感、ボーへの嫉妬、両親に愛されたい気持ち、どうせ嫌われるなら嫌われるような行動をとってしまう衝動、どれもこれも理解できます。しかしどうやら、感情が爆発したきっかけは学校のテストに落ちたせいらしい…。
んーーーー、あーーーーー。
わかる。
小さな小さなことがきっかけで、それまで積み重なった負の感情が溢れちゃうことって、あるよね…。
側から見たらめっちゃ些細なことだし、学生らしい可愛い動機なんだけど、自分にとってはもう世界をめちゃくちゃに破壊してしまいたいくらいの絶望だってこと、あるよね…。
観客から見れば10代の可愛い悩みですが、ボーには理解できないし、ましてや対処法など知りません。
必死に「こんなことやめよう、もう僕は出て行くから許して」と喚くばかり。
そんなことではトニの破滅衝動は止まりません。
昂ったトニは「このペンキを飲んで2人とも死のう!」と言い出します。
そんなこと、絶対やっちゃいけない。そのくらいのことはボーにも分かる。
ボーは拒否します。「僕が何をしたって言うの?」何とか許してもらおうと懇願するボー。
「じゃあいいよ」とトニは自分でペンキをがぶ飲みします。
「やめなよ! そんなことやめなよ!」と言いながらも、手も足も出せずにトニのがぶ飲みを眺めるだけのボー。
怪我しているとはいえ大の大人なんだから力尽くで止められるだろ…とは思うけど、あまりにも意味不明すぎて動揺して動けないか…。少なくともボーの場合は、ピンチに陥った時に咄嗟に体が動くタイプではないんだ…。「どうしてこんなことを? 僕が何をしたの?」と問いかけるというアクションしか彼の引き出しには入っていないんだ…。
思えばそう、自宅の廊下で掃除夫に暴言を吐かれた時も、連続殺人魔に刺された時も、彼の口から出るのは「僕が何をしたって言うの?」。自分が何もしていなければ理不尽な目に遭う理由などないと思っている。しかしそんなボーを、理不尽は逃してくれない。
騒ぎを聞きつけてグレースが部屋に来ます。
グレースの目の前には、ペンキを飲んで真っ青になった我が娘と、それを成すすべもなく抱き抱えるボー。(救命の知識がなくても、上半身を起こす形で抱えるのは悪手だと分かる。)
グレースは娘に駆け寄り、人工呼吸を施します。トニが飲んだペンキが顔につくのも厭わず…。
「娘に何をした!」と、優しかった母性の塊のグレースとは一転、初めてボーを責め立てます。
ボーはただただ戸惑うばかり。救助に手を貸すでもなく、グレースの気迫に怯えて「僕は止めたのに」と泣き叫びます。「僕は何もしてない、やめるように頼んだ」と、出てくる言葉は保身の言い訳ばかり…。それどころじゃないでしょ…!
目を剥いたまま動かないトニ。
娘の危機に、グレースは激昂します。
「あんたの正体が分かったわ。息子に取って代わる気でしょ。悪魔め!」
今朝までの、ボーを優しく庇護してくれたグレースはもういません。トニの死を目の前にして、ボーへの愛情は一気に憎悪へと反転します。
グレースもトニを疎んでいたように見えて、本当は、トニを娘として愛していたのでしょう…皮肉にもトニの命を奪われて初めて、グレースの愛情が垣間見えるのでした…トニの目には映らない形で…。
グレースは息子の部屋に飾っていた剣を手に取り「殺してやる!」とボーへ襲い掛かろうとします。
慌てて逃げるボー。
窓ガラスをぶち破って外に飛び出し、ボーは、命からがらグレースの家を飛び出します。
「ジーヴス! あいつを八つ裂きにして!」と怒鳴るグレースの声が響きます…。もう完全に、手下のゴーレムを放つ魔王の雄叫びです…。
家の外の森を全速力で駆けて行くボー。
ジーヴスがどうやら追ってくるらしい…急がなければ…慌てて前方不注意になったその途端、ボーは木に頭を打って倒れます。
一瞬の気絶。
一瞬の夢。
母親が、屋根裏部屋へ続く階段を閉じているところがボーの脳裏に浮かびます。
…目が覚めると、ボーがいたのは森の中でした。
感想と考察
以上、第2弾はここまでです。
いやー、嫌な回! 嫌な回でしたねーーー!!
(1)押し付けられた女たちの愛情
ボーの過去が明らかになる中で、ボーの周囲にいた女たちが彼を歪めていった様子がありありと想像できます。
唯一ボーが気軽に接することができた家政婦マーサ。(話に出てきただけで、その姿はまだ映画には登場しません。)他の人たちに対する感情はボーは言語化できませんが、唯一、マーサに対してだけは気さくな友情と愛情を感じることができています。きっと良いお世話係であり、ボーの良き理解者だったのでしょう。
しかし、その感情を母親が良く思っているかは別の話。
ボーの記憶の中にいる母親は、まぁーなんとも面倒な手法でボーの気を惹こうとします。「良き理解者」のフリをしてみたり、人生の教訓を与える指導者になってみたり、「私と一緒にいたい? どう?」と試してみたり。
おそらくこの映像はボーの記憶のダイジェストで、違うタイミングで言われた母親からの印象的な言葉をつなぎ合わせているのでしょう。あのシチュエーションでこの映像ほど母親が一方的に支離滅裂な言葉を浴びせかけたわけではないと思います。でもやっぱり、ボーの記憶の中では「自分が母親に返した言葉」よりも「母親から浴びた言葉」の方が圧倒的に多いのでしょうね。母親にしてみれば「無償の愛」かもしれませんが、ボーはそこに「期待」を感じたでしょう。
母親から期待される振る舞いを返せない。母親は何かを欲しがる素振りをしてくるのだけど、自分はそれを与えることができない。
その「期待されたけど返せなかったもの」の中には、「大好きだよ」という何気ない言葉だったり、健康で強い肉体に成長することだったり、学校での成績や社会の成功だったり、さまざまなものが含まれていそうです。
母親にどんな言葉を返すのが正解か分からなかったように、社会との関わり方の正解も分からず、大企業CEOの成功者の母のもとで特に社会的な地位や功績もなければ気軽に話せる仲間も友人もいない中年に育ったボー。
母の期待に応えられない息子。そんな関係が、ボーと母親の間でずっと続いていたように思われます。
そして初恋のエレイン。
初恋…と言い切れるほどシンプルな感情ではないのかもしれません。
早熟なエレインに初キスを奪われ、一方的に「待っている」約束を取り付けられる。それがボーを、中年になった今でも写真が捨てられないくらいに縛り付けている。
もはやボーのエレインに対する気持ちは、恋ではなく、自分に命令する支配者でしかないのかもしれません。従順なペットの主人に対する気持ちでしょうか。
忠犬ハチ公のような忠誠で、きっとボーはエレインを待ったのでしょう…。
支配的な母親とはまた違う、もう1人の主人。
そしてどうやら、エレインは母親の会社の従業員だった…。
その奇妙な繋がりは、ボーにとってはトラウマとトラウマのアンサンブルなのです…。
エレインの母親がボーとエレインを引き裂いたことによって、ボーはその約束に取り憑かれてしまった。エレインの母親もまた、ボーの運命を振り回した遠因です。
そしてそんなトラウマティックな過去の「女たち」とは打って変わって、グレースはまるで母の代理のようにボーを庇護してくれます。
いろんな患者を見ていて看護には慣れているのだと思いますが、彼女のボーを見る目は、まるで幼い少年を見るよう。失った息子をボーに重ねていた感じがします。
一方で、ロジャーの目を盗んでナプキンにメッセージを書いたり、盗撮カメラの存在を教えたり。何かの裏の陰謀をどうにかボーに伝えようと動く姿は、映画『トゥルーマン・ショー』の恋人女性のようです。
しかしトニが瀕死に陥ると、一転、ボーを悪魔に仕立てて殺そうとします。
この一家の裏事情は分かりませんが…トニ以上に我が子のように可愛がられていたかに見えたボーでしたが、ボーはあっという間にグレースの母性や愛情を失います。
…そもそも、ボーはそれを「欲しい」なんて一言も言ってないんですけどね。自分は何もしていないのに女たちは自分に与え、そして自分は何もしていないのに、女たちは離れていく。それがボーの人生でした。
もう1人、ヒステリーによってボーを揺さぶる女性。トニ。
もはや彼女の錯乱っぷりは脚本に都合の良い舞台装置に近いのですが、でもとにかく、両親からの愛情不足によってこうなってしまうことは想像に難くありません。
「毒親に育てられて歪んでしまった子ども」という点ではボーと共通していますが、過度に従順で素直に育ったボーとは真逆の、反抗的で破滅的な仕上がりになっています。
家族という呪縛、親という支配によって子どもがどんな影響を受けてしまうのか。
愛情過多な環境で育ったボーと、愛情不足で育ったトニ。この2人はともに、この物語の被害者と言えるのでしょう。
(2)意思のないボーからは、人が離れて行く
この記事を書いてみて気づいたことですが、前回の「デス・シティ」編ではひたすら「不運」だったボー。
しかし今回の「グレースの家」編では、ボー自身の「運」要素は少ないです。
むしろ、前回に引き続き「どうすればいい?」と「僕が何をしたの?」を繰り返すボーの人間性(と、それを形成した過去)が浮き彫りになります。
自分では判断できない。自分は何もしていない。責任を取らない。
困った時には子どものように泣きじゃくるだけ。
その姿勢を貫いてきた結果、コーエン弁護士には冷たくあしらわれ、ロジャーを説得することもできず、母親の元へ駆けつけることもできず、幼いトニの自滅を止めることもできない。
そして、グレースに見限られる。
なんか…こういうことって、あると思うんですよ…そういう人生だった人っていると思うんですよ…。
自分は別にやりたいことも欲しいものもなく、意思なんて特にない。
でも周りの人が勝手に自分に何かを期待する。そしてそれが与えられないと、がっかりして去って行く。悪い時には恨まれさえする。
自分はここから一歩も動いていないだけなのに。その「動いていない」ということを詰られ、憎まれる。
自分が何をしたっていうの?
何もしてないじゃない。誰も傷つけてないじゃない。
そうです、ボーは誰も傷つけていない。
本当に心優しくて、素直な、いい子なんです。
でもね、人生には、相手を傷つけようと嫌われようと、相手が「こうしたい」と言ったことの正反対のことだろうと、無理矢理にでも行動しなきゃいけない時もある。
優しさだけでは人を救うことができないし、人から愛されることも、人を愛することもできない。
自分の思う正しさのために、自分の持っている理想や主義や正義のために、枠の外に一歩出て相手を侵す勇気が必要なんです。
意思のないボーには、一歩も動く勇気のないボーには、そんな行動を起こす勇気はありません。
そしてそんなボーからは、人が離れて行きます。
皮肉にも、帰省を1日延ばさなければいけないタイミングで、ロジャーが「君が決めることだ」とボーに迫ります。
あの状況はボーにはかなり不利だったとは思いますが、でもいくら手詰まりでも40超えた大の大人が「ロジャーのせいだ」では通りません。
誰のせいであっても、何が原因であっても、自分の行動の責任を自分が引き受けなければいけないのです…。
ボーに対して、ボーの周囲の人間に対してどんな気持ちになるかは、観客それぞれで違ってきそうです。日々、自分にマジで1ミクロンも責任のないことで、子どもの代わりや部下の代わりに頭を下げまくってる人なんかは、ボーに苛立って仕方ないんじゃないでしょうか。
でもね、この幼児退行まっしぐらなボーも「見れて」しまうというのが、ホアキン・フェニックスの魅力と演技力。他の俳優さんだったら、また全然違う見え方になったでしょう。すごすぎ。
というわけで、第3弾に続きます。