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【映画】『ぼくとパパ、約束の週末』自閉症児の目から見える世界

おすすめ親子映画!

『ぼくとパパ、約束の週末』

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映画『ぼくとパパ、約束の週末』

 

予告編


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良かった。もう、いろんな気持ちになるので言葉で表すのが難しい。でも「映画館で観て良かった」ということだけは言えます。

鑑賞してから数日経つけど、毎日のように思い出して、また観たい気持ちになってくる。

 

目次

 

 

自閉症の息子と、父親の物語

舞台はドイツ。10歳の少年ジェイソンは、自閉症スペクトラム症を持つ。

こだわりが強くて融通が効かず、些細な音にも敏感。

そんな彼が「応援するサッカーチーム」を決めるために全56チームを現地観戦したい! と思いたつ。

仕事が忙しくて子育てを妻に任せきりだった父親が、毎週末、ジェイソンと2人で全国のサッカー観戦へ出かけることになる…。

 

 

 

テンポが良い! あっという間の2時間

とにかく全体を通して、テンポが良い。

自閉症にまつわる本人の苦しみや親の苦労のシーンも多々あるのだけど、感傷的になりすぎない。ショックな出来事があっても、御涙頂戴や感動ポルノっぽくはならずに「まぁ、でも生活って続いていきますしね」という現実に地に足がついている。

 

全国のサッカースタジアムでの観戦シーンは、スタジアムの熱い空気が伝わってきて「スポーツ観戦って良いな!」と明るい気持ちになる。

家庭での生活、サッカー観戦の旅、学校生活…と織り交ぜて展開するので、飽きずにモヤらずに観られる。

 

主人公ジェイソンが自閉症だと分かるところや、10歳に成長してどう暮らしているか…というのもサクサク描写されて本題に入っていくので、前知識なくても設定が分かる、かつ「話が早くて助かるぜ」って感じ。

 

 

冒頭の自閉症描写は結構キツイ…

とはいえ、最初の15分くらいは割としんどかった。自閉症児がいる家庭の大変さをそのまま傍で見ている感じ。

 

通学路のバス停で、ジェイソンのお気に入りのベンチにおばあちゃんが座ってしまう。

ジェイソンは癇癪を起こしてキーキーと怒鳴る。

お母さんはおばあちゃんに「横にずれてもらえませんか」とお願いするが、おばあちゃんには「甘やかしすぎ、まるで独裁者ね」と冷たい目で見られる…。

 

「お母さんも、もうちょっと言い方とか対処のしようがあったんじゃないか…」と思ってしまうのだけど、もうこの母親はかれこれ10年間、ジェイソンのこの特性と付き合ってきて、その上でこの対処法に行き着いているのだと想像すると、胸がギュッとなる。

いちいち道ゆく人に説明するとか、理解を求めるとか、もちろんジェイソンを黙らせるとかは限界があることを彼女自身も学んできた。息子は決して傍若無人な独裁者ではなく、ただパニックになってしまうだけ…と知っているからこそ、息子を悪く言う周囲にも強くぶつかってしまう。

でも、やっぱりその日に会っただけの他人に理解を求めるのは難しいよ…という社会の目との板挟みで、両方の気持ちが分かってしまって辛い。

 

ジェイソン役の少年も迫真の演技で、キーキーと甲高い声で癇癪を起こす様子は、単純に観ていてしんどい。耳をつんざく叫び声。

これがこのあと2時間も続くかと思うとちょっと無理な気がしてくる。…しかし自閉症児の家族は2時間どころでなくずっとこうなんだよな、と思うと余計にしんどくなる。

 

 

自閉症児から見た世界

しんどいのは母親だけではない。ジェイソン自身も、自分の特性に苦しめられている。

この描写がとても上手くて、「なるほど彼はこんなふうに苦しんでいるのか」と分かりやすかった。これが入っていることで「ジェイソンから見える世界」がすごく理解できるし、たった2時間ジェイソンに寄り添うだけの観客もジェイソンにすごく共感できる。

 



 

まず、周囲の音が気になる

学校なんかは騒音の渦で、急に大声を出す子供、ガンガンとパイプを叩いて遊ぶ子、ボールが跳ねる音…など、乱雑な音で溢れている。

それが人よりも大きく聞こえて、鳴るたびにビクッとしてしまう。

映画を通してジェイソンの視点からみると、「なんで他の子はこれが平気なわけ?」というくらい騒音が激しいのだ。

私も、急な音にはビクッとしてしまう方なので共感できる。海外でクラクションをバンバン鳴らすような街は気が気じゃなかった。慣れの問題とかではなく、「そんなに鳴らすなら、もうちょっと小さい音にすればいいのに…」ってくらい、自分にとってはうるさいのだ。

 

そして、自分ルールに縛られてパニックになる

ある日ジェイソンと父親は、街で若者たちが聞いている "War inside my head" という曲を耳にする。そのタイトルを知ったジェイソンが「まさに僕の頭の中では、戦争が起こってる」と言うことで、父親はジェイソンのことを一つ理解する。

自分の中で、守らなければいけないルールがいくつもある。そのルールが、今起こっている状況とバッティングしてしまうと、八方塞がりになってショートしてしまう。「トイレに行きたくてもう我慢できない/トイレは座ってやらなければならない/でも目の前には立ちション便器しかない/だから用を足せない…」みたいに。自分の体の欲求がルールでねじ伏せられてしまい途方に暮れる。

ジェイソンは途方に暮れるたびに癇癪を起こし、「解決して!」と親に迫る。この「解決して!」は、まったくもって厄介で腹の立つ言葉だし、私がこれを言われたら大人気ない対応しかできないだろうと思うのだけど…でもジェイソンを理解すればするほど、親を困らせたくて言っているわけではないんだと分かってくる。

「トイレに行きたいけどここではできない」という状況に陥った際に、父親が咄嗟に「解決した」シーンは、なるほどジェイソンのルールの中で状況を打破する“発想力”を親として試されているんだなと感心した。ルールの穴をついてエラーを解決するプログラマーみたいな気分かもしれない。うまく解決できた時には「よっしゃ!」ってなりそう(ほとんどがうまく解決できないことの連続だと思うけど…)。

程度は違えど、私だってルールと状況の板挟みに遭うことはある。仕事のマナーとか、社会の常識とか、「お年寄りには席を譲った方が良い」とか。

私の場合は「板挟みになってショートする」のではなく「ルールを破った自分を自分で責めてしまう(今日はしんどいから席を譲るのはやめよう…あぁ、でも本当は譲らなきゃいけないのに自分はなんて悪いやつなんだ…)」というしんどさだが、社会の中には「絶対こうすべき」こと以外にも「できれば、そうした方が良い」ということが溢れていて、それを全部守ろうとすると自分の体や自分の時間がどんどん後回しになっていく。

ジェイソンは我儘なようでいて、実はジェイソン自身が、自分を一番大切にする・自分の思いを優先するのが難しいのだ。「本当はこうしたいのに、ルールがあるからできない」ということに縛られていて、自分を甘やかすことができない。その気持ちはすごく分かる。

 

なるほど、「自分ルールに厳しい特性の人」ってこういうことだったのか、私にだってその側面はあるし気持ちは分かる、とこの映画を通して理解できた。

そして世の中の「普通の人」は、いかにルールを緩めて、柔軟に、曖昧に生きているのかというのを実感した。

 

 

仕事だってキツい

冒頭、父親がどんな仕事をしているかが描かれるのだが、このシーンもなかなか良い。

父はドイツのハンバーガーチェーンの地域マネージャー。自家用車で各店舗を回り、店に問題がないか細やかにケアしている。時にはバカバカしい店長の悩みを聞いてあげなきゃいけないことも…。

 

映画の趣旨としては、「仕事に没頭してジェイソンから解放されている父親、ジェイソンのルールでがんじがらめな生活を送る母親」という対比なのだけど、出張生活もそれはそれで「きっついよなぁ〜」というのが働く人には分かる…!

ジェイソンが肉を禁止するせいで家では食べられない肉を出張先なら存分に食べられるし、ジェイソンと生まれたての赤子を抱えて奔走する母親に比べれば、父親の仕事は1日のほどんとが車に乗って支店間をドライブするだけ。仕事の予定は電話をかけたりちょっと打ち合わせをする程度。コーヒー片手に、好きな音楽をかけて、ひたすら車を走らせる1日。

 

そりゃ、母親から見たら、そして世間から見たら「楽してんじゃん!!」と思う。

でも、これにはこの辛さがあるのよねぇ〜〜〜〜〜〜っ。

 

映画の筋としては「父親は自閉症の我が子の相手をするよりも仕事に逃げている」ということになってしまうし、事実その側面は認めざるを得ないんだけど、こっちはこっちで「そうそう、これって地味にしんどいのよねぇ」と共感できるのが、作品を通して一人ひとりに丁寧に追っている感じがして良かった。

 

「育児をほったらかして仕事に逃げる父親」「そんな父親を憎む母親」「厄介者の子供」というステレオタイプな設定に押し込めず、現実の中で生きている三人の人間を描いていることに大変好感が持てる。

 

 

サッカースタジアムの観戦シーンは、やっぱりアガる!

私はサッカーファンではないし、サッカーの試合観戦経験もないのだけど、甲子園球場のある県で育ったので野球は何度か見に行ったことがある。

チケットを見せて入場し、自分の席近くのゲートをくぐって球場へ入る…。

 

ゲートから景色がワッと広がる、スタジアム。その高揚感。

 

スタジアムに入る時、ジェイソンの顔がパッと明るくなるのを見るたびに嬉しくなる。そうそう、そうだよねぇ。スタジアムって、やっぱりアガるよねぇ。

 

ドイツのスタジアムはどれも全く違うデザインで、ファンのカラーや応援歌も千差万別。全てが網羅されているわけではないのだが、その違いを見るのも楽しい!

客席に厄介な酔っ払いがいたり、口汚い野次を飛ばしたりするのも「スタジアムあるある」って感じで、こういうのを味わうためにもまたスタジアムに足を運びたくなる。

 

 

ジェイソンのこだわりで下位リーグも分け隔てなく観戦するので、ピッカピカの巨大スタジアムだけでなく、弱小チームのスカスカで侘び寂びな試合会場を見ることができるというのも楽しいところ。

 

ちなみに父親と母親は出身地が違うので、それぞれ異なるチームのファン。

もちろん親としては我が子に自分の地元チームのファンになって欲しい…というので浮き足立つ親心もかわいらしい。

 

結局ジェイソンは、どのチームを応援することになるのか…それは映画を見てのお楽しみ。

 

 

ドイツ全土の電車旅

 

ドイツ各地のサッカー観戦に行くのだが、その手段は電車。

ジェイソンの自分ルールの一つが「環境保護」なので、自家用車の利用には反対なのだ。

ジェイソン親子は時には丸一日かけて、電車で国を横断することになる。

 

親子の旅はまるで「世界の車窓から」。

街によって風景は違う。美しくライトアップされた夜景もあれば、寂れた駅もある。寝台列車もあれば、食堂車で食事をとるシーンもある。

憧れの「ヨーロッパの電車の旅」を感じることができて、親子ものでありながら旅行ものでもあり、かつスポーツものでもあるという…それぞれの良いところを味わえるお得セット。

 

 

自閉症児の家族であること

私が一番グッときたのは、おじいちゃんとのシーン。

ジェイソンの家では、母の両親が一緒に暮らしている。

そのおじいちゃんが、ジェイソンと2人でテレビを見ながら語るシーンがある。

 

「私のおじいちゃんも、お前に似ていた。だからお前のことは分かる。私はおじいちゃんが大好きだった」

 

正直、自閉症児との暮らしを母の両親がどう思っているのか…怖いおじいちゃんだったらジェイソンの癇癪にキレてしまわないかとか、母親を責めたりしないかとか、祖父母との同居生活というだけでヒヤヒヤして見てしまった…。

 

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でも、おじいちゃんがジェイソンの理解者であったこと、そしてジェイソンに似ているおじいちゃんを「大好き」だったこと。

こんなにジェイソンが、そして家族みんなが救われるような言葉があるだろうか。

おじいちゃんのおじいちゃんは、きっとジェイソンと同じように(もしかしたら、時代も違うのでそれ以上の…)苦労をしたかもしれない。幸せな人生だったかは分からない。でも、孫であるおじいちゃんは彼のことが大好きで、そして孫を大好きだと言っている。

 

このシーンは思わず泣いた。

 

 

そしてジェイソンの父親も、遅ればせながらジェイソンと共に過ごす時間が増えたことで、息子のことを少しずつだけどより深く理解していく。

そして息子と生きていくということはどういうことか、ということも。

障害児の親の悩みは「自分がいなくなった後のこと」だ。自分がいる間はケアしてあげられるけど、その後はどうなるのか。

…それは簡単に「解決できる」悩みではないし、10歳の時点でどうこうという問題でもない。その後の人生の中でジェイソンがどんな出会いをして、どんな人生を歩んでいくか、それ次第でしかない。

 

悩みはある。

でもポンと解決はしない。

それはそれとして、父と息子の週末サッカー観戦旅は続いていく。

 

ジェイソンと父親のこれからの人生には、たくさんの問題が起こるだろうし、それを解決できたりできなかったりするだろう。

でも2人は週末にはサッカーを見に行く。

 

良い話だ。

 

 

「自分は、この映画を見てどう感じるか」

人によっては「広い家で両親のサポートもあって、恵まれた家庭だ」と感じるかもしれない。「こんな癇癪は無理」「不快」と投げ出す人もいるかもしれない。「分かる分かる」「まるで自分だ」と自分を重ねる人もいるかもしれない。

 

この映画を見て「自分はどう思うか」というのをズバリと突きつけられる作品だと思った。

これを見る前には「育児の大変さに寄り添ってサポートしてあげたいよね」という気持ちでも、いざ見ると「あ、これキッツイわ。1日一緒にいるの無理だわ」と思うし、「自閉症児って未知」だと思っていても、映画を通して「なるほどね、私も似たようなところあるじゃん」と思う。

自閉症児について、ドイツのサッカー事情について、ドイツ旅についてだけでなく、自分自身についても発見のある映画だった。

 

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おはなし自体は穏やかな作品なので配信待ちでも良いと思うけど、サッカースタジアムの眩しさ、チームの応援歌の高揚感を味わうには映画館がおすすめ。

 

惜しむらくは邦題が全く印象に残らないことだな…。

 

 

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www.fusakonoblog.com