しんみりするクリスマス映画『ホールドオーバーズ』、待望のアマプラ配信!
新人とは思えないドミニク・セッサの演技で胸が苦しい…。
ラジオで紹介されて、気になっていた映画。
劇場公開は夏だったのだが、映画の設定は雪で真っっっ白なクリスマス。まったく季節外れやんけ〜ということで、クリスマスにアマプラで配信されたそうだ。ありがたい。(少ないけど上映中の劇場もあります。)
目次
- あらすじ
- 70年代オールド・アメリカ全開
- 出てくる奴みんな、ろくでもない
- メインキャスト陣の演技がすばらしい
- 悲しみは消えないが、開示することはできる
- 悲しい日々にも笑いがあるように
- 煌びやかなものだけが残るのではない
あらすじ
70年代、アメリカ。郊外にある男子寄宿学校は冬休みを迎える。
アメリカでクリスマスといえば、家族が集まって過ごすもの。寄宿学校の生徒たちもウッキウキだ。
しかし、いろいろな家庭の事情で帰省ができず、寄宿学校に “居残り” する生徒たちもいる。
居残り組になったのは、アンガスをはじめ全く仲良くない3人の高校生と、小学生2人。
そして学校中の嫌われ者、偏屈な歴史教師ポールが監督役に任命された。
生徒たちと、ポール、そして彼らの食事を作る料理長のメアリー。
ギスギスとした2週間、さいあくのクリスマス休暇が始まる…。
70年代オールド・アメリカ全開
再生ボタンを押すと、なんだか古いフィルムのような滲んだ画面でユニバーサルのロゴが現れる…。あれ?作品を間違えたかな…?と思うが、本編が始まると映像はデジタルクオリティに。
この映画、オープニングといい、ファッションといい、音楽といい、70年代を全力で映像に封じ込めている。
どこでもタバコを吹かす大人たち。
今では「クラシックカー」となった車たち。
お酒。
バーのピンボールゲーム。
クリスマスの過ごし方。
そして、ベトナム戦争。
戦死者たち。
多様性の認められない息苦しさ。
徹底して作品の中に21世紀を持ち込まないことで、作品にキュッと締まりがある。
時代を超えた文化のミックスを楽しむのも良いけど、これくらい徹底されているのも良いものだ。ここぞという場面で流れる音楽も、イマドキのチャラついたものではなく、あくまで70年代の風景の中にある音楽で、不朽のクラシック作品を観ているような気分になってくる。
出てくる奴みんな、ろくでもない
絵に描いたような嫌われ者教師のポール。
ポールに楯突いて、余計な一言が多いアンガス。
ポールの元教え子でありながら、すっかり権力側にまわった校長。
口を開けば悪口しか出てこないクラスメイト…。
まともな奴いないんか!!
誰に共感して観れば良いのか分からない。みんな何かしら嫌なところがあって、いけ好かない。
しかしそんな彼らが、ポールを仮想敵として団結し、お互いに心を開いて改心していく話なのかな…と思いきや、全然そんなことない!!
くそな奴は、最後までくそ。
「くそな奴には何言ったて無駄」という監督の達観が、いっそ清々しい。いや、確かに、そう。ついつい「映画」といえば登場人物たちが心を通わせて全てが丸く収まるものだと思ってしまうけど、現実にはそんなことないんだよね…。
悪ガキがいきなり聖人に生まれ変わることなんてない。壊れた家族関係が都合よく修復されることなんてない。主人公役の説得で悪役が改心することなんてない。金と権力を持ってる奴はいつでも良い目を見て、俺たちを見下して踏みつけて嘲笑う。
たとえ報われなくても、割を食い続けても、自分のことを自分がいちばん理解しているしかないのだ…。
しかし、もう一つの現実…「どんなくそな奴にも、彼らの人生、彼らの事情がある」ということもこの歳になれば見えてくる。
きっと愛情不足だったんだろうな…とか、生きるのに必死だったんだろうな…とか、幸せの基準が世間一般と違って大変だろうな…とか。
だからといって、一緒にいて気分の悪い奴だということに変わりはない。自分が気分悪くならないためにも距離を置かざるを得ない。でも、気分の悪い奴だからといって、彼自身も傷ついたり悲しんだりしていない訳ではない。
そして今から50年も前の時代は、みんな何か傷ついていた時代なのだろうと思う。今なら救いの手が差し伸べられることも、ほったらかされていた時代なのだろうと思う。「だって、みんな傷いついているんだから。みんな悲しい思いしてるんだから」と。
メインキャスト陣の演技がすばらしい
それぞれに、そのキャラクターの年齢分、重ねてきた経験や歴史を感じさせる。
個性の異なる生徒たちはそれぞれに育った家庭環境が想像できるし、大人たちは、寄宿学校で働くことになったその人生のバックグラウンドが香ってくる。
特に、アンガス役のドミニク・セッサは素晴らしかった!
「嫌な奴」モードの悪魔的な笑み、家族を想う少年のあどけなさ、悲しみを封じ込めるティーネイジャーの虚勢…。
色々な顔がどれも良くて、他の出演作品も観たくなる。できればシリアルキラー役もやってみてほしい。
悲しみは消えないが、開示することはできる
登場人物たちがそれぞれに抱える悲しみは、簡単に解決するものではない。それこそ、映画一本の中でスッキリ消化できるようなものは何もない。
アンガスの複雑な家庭環境。
人に裏切られ続けてきたポール。
戦争で息子を失ったメアリー。
作中では悪役ポジションとはいえ、校長の管理職の苦労も分かる。アンガスの母親の苦しみも分かる。悪口クラスメイトの救われなさも分かる。
どれも解決することは難しい。
でも、実はこんなものを抱えていたのだということを、傍にいる人に見せることはできる。
もちろん、相手が理解してくれるとは限らない。「は?そんなことで?」と軽んじられてしまうかもしれないし、嗤われてしまうかもしれない。
でも、それと同じくらいの確率で、話を聞いてくれるかもしれない。「君は悪くない」と言ってくれるかもしれない。同じ仲間だと分かるかもしれない。
人の悩みをさっぱりと晴らすような名言が言える人なんていないだろう。でも、何も言えなくても「この弱みを見せても、なんともなかった」ということが、その人の心を支えることだってある。
悲しみは、悲しみのままだ。
でも、悲しむ自分を支えてくれるものがあれば、明日を生きられる。
悲しい日々にも笑いがあるように
しんみりするシーンもあるけど、声を出して笑えるのもこの映画の良いところ。
「寄宿学校に閉じ込められた嫌われ教師と悪ガキ生徒」で想像できるドタバタはしっかりやってくれるし、キャラクターそれぞれに変な奴ばっかりなので「おいおいおい」とツッコミは耐えない。
感動映画で泣くぞー!と思って観る映画でもないし、頭空っぽで笑うぞー!というほど能天気でもない。
退屈な人生にも悲しみはあるように、そして苦しい日々にも笑顔の瞬間があるように、ユーモアが気分を明るくしてくれる。
そのユーモアは、雪に塞がれたクリスマスにこそキャンドルを灯して明るく振る舞う、西欧人の知恵そのもののようにも思える。
煌びやかなものだけが残るのではない
高校の先生のなんてことない一言が、いつまでも自分の心に残ることがある。それが人生の指針になったり、自分にとっての善悪の基準になっていたりする。たぶん他の生徒たちはすっかり忘れているだろうけど、私の胸にだけ貼りついていつまでも消えない一言が。
この映画は、そんな映画だ。
英雄の冒険譚ではなく語り継がれる美談ではなく、私の中でだけ大切にしておく言葉…みたいな映画だ。
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