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【映画】『ウィ、シェフ!』から移民問題を考えるー正直者が馬鹿を見るのでいいのか

アマプラにて、映画『ウィ、シェフ!』を視聴。

 

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前知識なしに見たら、あれよあれよと意外な展開でおもしろい映画だった。

ちょこちょこ作りの粗さはあるものの、まぁ、コメディ作品なのでご愛嬌。

 

話題作ではないし、「観ないと損!」というほどパワーのある映画ではないのでパッとしないのだが、制作の背景も含めて「この世界は厳しい」ということと「この世界は捨てたもんじゃない」ということを同時に思わせてくれる作品なのでぜひおすすめしたい。

 

後半ではネタバレありきの考察を書きますが、ぜひネタバレ無しで観てほしい作品なので、もう観た方・ぜったい観ない方のみお読みください。(ネタバレ前にアラートを出します。)

 

 

目次

 

 

あらすじ

一流レストランでスーシェフを務める女性カティは、シェフと大ゲンカして店を飛び出してしまう。

やっとのことで見つけた新しい職場は移民の少年たちが暮らす自立支援施設で、まともな食材も器材もない。

施設長ロレンゾは不満を訴えるカティに、少年たちを調理アシスタントにしようと提案。

料理がつないだ絆は少年たちの未来のみならず、天涯孤独で人づきあいが苦手だったカティの人生にも変化をもたらしていく。

 

ヘンクツな女シェフが、移民の自立支援施設の少年たちと料理を通じて心を通わせ成長する…というハートフルストーリーだが、全体としてはコメディタッチで軽やかな後味。

 

97分といういまどき珍しい短時間映画(と思ってしまうのが悲しい)(世の映画の長時間化、なんとかなれ)のなかにありったけの展開を詰め込んで、あれよあれよと物語は転がり、たどりつくラストには驚かされる。

フランス映画らしいシニカルな毒、軽やかなタッチ、魅力的なキャラクターたちでどんどん話に引き込まれるストーリーだった。

 

画像は映画.com(https://eiga.com/movie/99092/)より

 

 

本作の魅力① 「食」は、生きることそのもの

移民支援施設で働くことになった主人公・カティは、はじめ、ピカピカの一流レストランとの職場環境の違いに戸惑う。

 

とにかくこだわりが強くて一匹狼な彼女は、施設で暮らす少年たち70人分の昼食を時間内に作れない。
育ち盛りのティーネイジャーたちにとっては、味はともかくがっつり腹を満たせればいいのに、シェフのこだわりでソースやら盛り付けやらとにかくいちいち時間がかかる。

 

これでは埒が開かないと、しぶしぶ施設の少年たちの手を借りることに…。

 

そこから、移民の少年たちへの食育が始まる。

 

 

料理へのこだわりの強いカティは、少年たちにただの下働きやお料理教室をやってもらうていどで満足はしない。
調理法や毎日の清掃、衛生管理にとどまらず、フランスの食文化、食材の見極め、はては食費の節約のために農業を始めて野菜の収穫まではじめてしまう。

 

画像は映画.com(https://eiga.com/movie/99092/)より

 

施設ではフランス語を学ぶ授業があったり、休み時間にサッカーをしたりという設備があるていど。
少年たちの中には、将来、医者になることを夢見ていたりサッカー選手を目指す子もいるが、ぶっちゃけ、この施設ではなかなか良質な教育機会を提供するのは難しい。

自ら泥だらけになりながら、収穫した野菜の香りを嗅ぎ、オーブンの焼き加減に失敗し、料理の説明やプレゼンテーションを学び…初めてのことだらけで少年たちは興味津々。中にはカティに憧れてシェフを目指したいという子も現れる。

 

 

食事とは、人とつながることだ。
食材を生産した人、レシピを考えた人、調理した人、皿を運ぶ人、そしてそれを口にする人。それぞれが「食事」というものを通して間接的につながっていく。

そしてそれは、土地とつながることでもある。
食材を育んだ土壌、レシピを伝えてきた文化、調理法の習慣、盛り付けの美的感覚、テーブルマナーや作法。

 

フランスでフランス料理のシェフに「食」を教わることで、移民の少年たちは、フランスについて、フランスという文化について学び、体験し、この土地に馴染んでいくことになる。

 

 

さまざまな異世界トリップもので「その世界の食事を食べたら、その世界に入り込んでしまう」というメタファーが現れるのも、食事とはまさに「その土地・その人を我が身に取り込み受け入れること」なのだろう。

「移民」である少年たちは、自分たちを拒否するフランスという国の食べものを「育て、作り、食べる」ことでこの国に歩み寄り適合していこうとする。

18歳までに「職業適格証」を得られなければ強制送還されてしまう少年たちが、「フランスにいるため」にフランスの食と関係を持っていく。

 

「食」というメタファーが強烈に移民問題に光を当てる。

 

 

本作の魅力② コメディでありながら、リアルな「移民問題」を描く

施設の少年たちは明るく愛嬌もあり、鬼教官のカティにも「ウィ、シェフ!」と声を揃えることで和気あいあいとしたチームができる。

それが、一匹狼で他人と折り合いの悪かったカティに「チームで取り組むこと」の大切さを教えていく。

 

少年たちはサッカー好きなので、11人の厨房チームにノリノリ。
画像は映画.com(https://eiga.com/movie/99092/)より

 

フランスに渡ってきた少年たちは、18歳までにしかるべき職業訓練を受けなければ、不法滞在となり本国に強制送還されてしまう。

しかし職業訓練校にはなかなか空きがない。
彼らがいるこの施設はあくまで支援のための寮みたいなもので、職業訓練校ではない。施設長は親身になって少年たちのために行政機関を奔走するが、しかし現実は厳しい。

 

遠い未来でも大きな野心でもない。18歳という目の前のタイムリミットが刻一刻と迫ってくる。それに向けて、ただ、職業訓練を受けたい。真面目に働きたい。自分や、故郷の家族が暮らせるだけのお金を稼ぎたい。多くは望まないのに、それもかなわない。

 

少年たちは、決して望んだわけではない環境に産み落とされ、過酷なーーーそして誰一人として同じではない人生を歩み、一縷の望みをかけてフランスという国へたどり着いた。生きるため、家族を養うため、最低限の人としての尊厳のために。

しかし移民問題の現実が、少年たちの人生を、決して甘やかしてはくれない。

どんなに真面目でも、どんなに正直者でも、どんなに純粋で純朴で働き者で向上心があっても、だからといって職業訓練校の空き枠が増えることはなく、18歳を迎える日があとずさりしてくれるわけでもなく、淡々とその日はやってくるし、淡々と行政は「強制送還」の令状を出すし、淡々と支援施設は少年を送り出す。

 

美しい料理の品々の間に、楽しい厨房のやりとりの間に、まったく美化しない直球の「移民問題」が挟まれる。

 

エンタメ映画なのに、ここだけは絶対に、やさしい嘘をつかない。観客にオイシイ思いをさせない。

 

おいしそうな料理映像が胃袋を刺激して、さらに厳しい現実がみぞおちに来る。
作品自体は軽くてポップコーンが進むのに、妙に消化が悪くて胃に溜まるのは、このバランスがあまりに巧妙だからだ。

 

 

画像は映画.com(https://eiga.com/movie/99092/)より

 

本作の魅力③ 現実に実在するキャストたち

この映画のキャスト欄を見ると、移民の少年たちは名前が一致している。
ママドゥ役はママドゥ・バー、アルファ役はアルファ・バリー、ヤダフ役はヤダフ・アウェル。

 

なんとこの移民の少年たちを演じるのは、本当のフランスの移民なのだ。

 

演技経験はなし。

故郷の国では奴隷だった子、紛争や暴力に巻き込まれた子…それぞれに過酷な過去を生きてきた少年たちが、この映画で初めての演技に挑戦している。

 

メインキャストのカティ役にはオドレイ・ラミー(日本ではあまり知られていないが、フランス版映画『シティハンター』に出演したらしい)、施設長役には最強のふたり』のフランソワ・リュグゼ

 

撮影中に靭帯断裂したので、作中の施設長も肉離れしたことになった。
画像は映画.com(https://eiga.com/movie/99092/)より

 

名優たちの演技と、素人の自然な演技のかけあいなのだが、見ていても全く違和感がない。
素人の演技がよく映るように、監督はリハーサル無しの一発撮りでこの映画を撮影したそうだ。

(…という意味では、この前知識も無しに観てもらった方が良かったかも…。)

 

ほぼ同年に公開されオスカーに輝いた『コーダあいのうた』では、ろう者の役を耳が聞こえない役者たちが演じていたことは評されたものの、主役のルビー役がコーダ(耳が聞こえない家族をもつ子ども)ではなく手話がぎこちなかった点に指摘があった。
近年のポリコレのムーブメントの中で「〇〇という社会的テーマについて描く作品なのに、当の出演者たちが当事者ではなく、けっきょく〇〇をのけ者にしている」という指摘はあとを経たない。個人的には「社会的意義」と「実際の制作&プロモーションの都合」を天秤にかける製作陣の苦労を想像してしまうのだが。

しかし、そんな近年の「正しくあること(Correctness)」の高いハードルをいとも軽やかに跳びこえていったのが本作である。

 

正直、観た後でも単なる社会問題の表層をなでただけの「社会派エンタメ」だと思って舐めてかかっていた。
調べれば調べるほど、この映画が持つ太いバックボーンに屈服させられるし、それでいてなお、こんな爽やかで奇想天外なコメディに仕立て上げたユーモアセンスに脱帽する。

 

作中の、施設の中で18歳までの短い時間を過ごした少年たちのその後の人生に思いを馳せるのと同じように、映画撮影というさらにもっと短い時間を過ごした移民の少年たちのその後を想像する。
彼らにとってこの映画に関わった期間がかけがえのないものであってほしいし、この映画に関わった時よりも、今の方がもっとずっと良い暮らしをしていてほしい。

 

 

さらに、この物語全体にも、元になった実在の人物がいる。

カトリーヌ・グロージャンという移民支援を行なった人の活動が、主人公カティ・マリーのモデルになっているそうだ。(詳しく書いてしまうと映画のネタバレになるでこのくらいで。)

実はカメオ出演もしているそうなので、それについては映画視聴後に、こちらの記事で読んでいただきたい。

lee.hpplus.jp

 

 

以上、ネタバレ無しの感想レビューはここまで。

ここからはネタバレありきの考察ーー「正直者が馬鹿を見るのでいいのか」です。

 

…なんか…ここまでで思ったより長くなってしまった…後半は別記事にしますね…。

 

まだ未視聴の方は、ぜひ97分をこの映画に捧げてみてください。

私がレビューするとくそ真面目になってしまいますが、ほんとに、軽い気持ちで見れる楽しいコメディ作品なので。下ネタなども一切ないので誰と見ても大丈夫です。

 

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主人公カティのモデルになった実在の人物についてはこちらの方がちょっと詳しめ。

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