観てきました。『ズートピア2』。1がたいそう好きだったので。
あらゆる動物たちが楽しく共存する街「ズートピア」の描写にはワクワクしました。巨大なゾウから小さなネズミまで、多様な生き物がそれぞれ自分らしく暮らせる大都会。「誰でもなりたいものになれる!」かつてのアメリカンドリームを体現した主人公も輝いていた。
ストーリーがどうとか人物の関係性がとか、そんなのはどうだっていいから、あの世界をずっとずっと眺めていたい!
『2』が出たらそりゃ観ないわけにいかないでしょう。

で、観た結果。
うーーーーーん。これかぁ…。
以下、感想です。全てネタバレを含むので未視聴の方はご注意ください。
1. 誰も敵にまわさないニクジュディ
まず、ここですよね。
あくまで個人の感想ですが、誰も敵にまわさないみんなが幸せなニクジュディ!
私はニックガチ恋勢なので「あんまりジュディとイチャイチャされると眉根がピクピクしちゃうなァ…」なんて身構えながら臨みました。とはいっても『1』のラスト時点で二人はイイ感じだったし、公式にはカップルなんだろうなぁ…どーせ『2』の冒頭では既にしっかり恋人同士、なんなら同棲とかしててもおかしくないよね……と諦めていたのですが。
セーーーーフ!!!
たーすかったぁー。
そりゃ2人の「絆」をメインに据えてはいるけれども、ラブラブちゅっちゅするのではなくあくまで心の問題!…っていうかもっと根本的な「各自のコミュ力の課題」!!(それはそれで、そこ!?とは思った。)
もちろんニクジュディカップルを推してるファンにはそのようにも取れる。でもそうじゃないファンには「親友」「最高のバディ」「他の誰も与えてくれなかった大切なものを与えてくれる、擬似家族(共依存者ともいえる?)」の範疇に捉えられるので、少なくとも私は「ぐぬぬ…」とはならずに見ることができました。ふぃー、よかったよかった!(ドッドッドッドッドッ…)
時代的にも、グローバル&ユニバーサルな作品で「異性愛が大前提」みたいな展開が敬遠される傾向にもあるので、今後もそのへんは安心して良いのかもしれません。
…え?最後に「アイラブユー」って言った、って?
アメリカ人ならいくらでも言うだろそんなモン。(血眼)
(あと野暮なこと言っちゃうと、ズートピアの世界の中ではいまのところ、まだ「異種交配」には触れられていないからね…ニクジュディをカップルとして公認しちゃったら、他の「混血」動物を出さなきゃいけなかったり、なかなか面倒なことになるんですよね…。)
2. 話の軸が「陰謀論」という残念感
視聴済みの方はご存知のとおり、今回も敵は「権力」。しかも市長や政治家ではなく、マフィアやアウトローでももちろんなく、陰で政治を操って縄張り支配を拡大しようと目論む大富豪。
…現実の「〇〇家」とか、そういうアレですね。
うーーーーーーむ。
個人的には「こういうお話を『ズートピア』の世界で見たいわけじゃないんだよなー…」というのが正直なところ。
陰で巨大な財閥一家が世界を操ってる…ってプロットやアイデアはまぁわりともう手垢がついてるというか、「ファンタジー」よりもむしろ「オカルト」ちっくで夢がないというか、仮にも子供向けアニメーションスタジオのディズニーがこの時代に提示する「ファンタジーの世界観」がそれかー…という感じ。
新キャラのビーバーは可愛かったですが、オカルトで怪しげなYouTuberの動画の内容が「実際に正しかった」という展開も、あんまり子供には見せたくないというか…。
新キャラたちがみんなして「ボクは味方だよ」という顔で観客心理にすり寄ってくる中、本来であれば力を合わせるべき所属組織(ズートピア警察)が終始ニクジュディの敵役に回る…というのも、なんだか「こういう世界の見方をするのって、かなしいなぁ」と思ってしまいました。
ニクジュディには、1に次いで今回も無茶な単独行動をして成果を認めさせるのではなく、あくまで警察たちとの異種混合のチームワークで組織に溶け込んでほしかったかなぁ…チームの信頼ってそういうことじゃないのかなぁ…。
なんか「成果を上げて評価されなきゃ!」と空回りする新入社員が、独断でかえって先輩の足を引っ張り社内で全く信頼関係を築けず、馴染めなくてすぐ辞めていく典型パターンを見たような…。ニクジュディ同士の間で自己開示する暇があったら社内コミュニケーションもうちょっと取ろっか…って…。署の組織マネジメントこれでいいのかな…って…。(これって老害の発想ですか?)
3. この映画が2025年に生まれたという悲劇
でも仕方ないと思うんですよね。今は2025年だから。
2025年の社会情勢で、2025年の価値観で、警察モノで作れるおとぎ話となったらこういう感じに着地するのは致し方ないのかな…と思います。
例えばこれがもし2010年代のシリコンバレーのテック企業が華々しい時期に作られていたら、話の軸はぜんぜん違ったと思うんです。
ニューヨークを模した「ズートピア」とはまた違う魅力をもつ、アメリカ西海岸のような街がでできたかもしれない。
最先端の科学技術で、もっともっと動物たちそれぞれの「種」に合った暮らしができるようなクールな発明品たちが出てきたかもしれない。
技術やアイデアによって動物たちが自分らしくいられる社会を作る!みたいなパワーのあるメッセージを叫ぶこともできた気がする。(主人公ジュディの決めゼリフ「より良い世界に」は、シリコンバレーのテック企業が判を押したように繰り返すフレーズですし。)
でもね…。
世界のどこを見ても停滞感があって、戦争があちこちで終わらなくて、それでも「理想の街ズートピア」を描かなければいけないってなったら…こういう「古典的な映画作品へのリスペクトとオマージュ」という路線で走らざるをえなかったのでしょう。
しかしそこにはもう、「多種多様な動物たちの習性が入り混じる、ワクワクの理想郷ズートピア」はありませんでした。
未来に希望を抱いたり、自分の夢に向かって奔走したり、これからこの世界で生きていくことが楽しみになるような、そういう前向きなものを与えてくれる映画では…ありませんでした。
「セラピーに通って自己開示せよ」という映画でした…。
4. 世界を背負うな、というメッセージ?
「真相の究明に命を賭ける必要なんてないんだよ」「自分がボロボロになってまで正義を貫く必要はないんだよ」
これって、社会のどんな文脈をふまえた、誰に向けたメッセージですか……?
ブラック企業での過剰労働のことを言ってるのか、テロリズムに走る若者の目を覚まさせたいのか…いずれにしてもメッセージとしては今更?って感じがあるし…。グレタさんみたいな活動家に対して「お前のは一人相撲だ」って水をさしてるように感じたのですが…でも100周年映画『ウィッシュ』では「声を上げる最初の一人になろう」って話をしてたよね?
もしジュディが、親や先祖からの《呪い》で無理して正義漢ぶっているのだとしたらそれは解放してあげたいけど、本人が自分で望んだ夢を叶えてる道の途中ですよね…?
もし「大きな夢を叶えるなら、一人で抱えないでみんなで協力しよう」って話なら、それこそズートピア警察一丸となって目指していくことだと思うんだけど…。
相当な覚悟を持ってリスクを背負ってズートピアに来たゲイリーが、しきりに「ボクの肩には運命を背負わされてないよ」って言うけど、現実の移民とか出稼ぎの人ってそんな感じじゃなくない…?ゲイリーにそれを言わせるのはなんか、なんか、命を狙われる彼の立場を軽く見すぎじゃない……???
でももうこれも私の感覚が古いからで、今の若い感性では「組織による変革はけっきょく裏で糸を引く陰謀に利用されるだけ」「信用できるパートナーは無所属の個人」「組織や民族や国家を自分が代表するなんてナンセンス」って感じなのでしょうか。私はやっぱり「ウサギたちの評判のためにも自分の言動には気をつけなきゃ」って署長のセリフに頷いちゃうよ…。
5. 「家族に評価されたい落ちこぼれ」というパターン
この「型」に私が初めて出会ったのは、ディズニーの『ライオンキング2』でした。
敵キャラのライオン兄弟たちの中でも出来が悪く、跡取りとしてまったく目をかけてもらえないことにコンプレックスを持ち続けている悲しきヴィラン。お母さんに良いところを見せたくて頑張るけど、実力が伴わず悲しい結果を迎えます。
初めて『ライオンキング2』を観た時は衝撃を受けたものです。こんな悲しい心理がこの世にはありうるのか、と。
悪事をはたらく動機がただ「家族の中で認められたい」という一心で、そこに善悪の区別はなく、しかし生来の出来の悪さでそれも裏目に出る。
このパターンのヴィランを、2025年にもなお……。
良家で血縁が濃いからこそ生まれる「あるある」なのかもしれませんね…ただ私の感覚では「そんな家、さっさと出て新しい家庭を築けばいいじゃん」って思ってしまって(それができたら苦労しないのは百も承知)、まったく共感できない……ただただ悲しいばかりのキャラクター設定…。
「プライド・ランド」ならばサバンナの野生のイエ制度があるでしょうからどんなに閉鎖的でも違和感ないのですが、「なんにでもなれる」ズートピアで、ファンタジーの世界で、ヴィランの姿が閉鎖的なイエ制度の悲劇とは…。
また比べて申し訳ないけど、まだ『ウィッシュ』のヴィランの方が、新しいチャレンジをしようとしていたと思うんですよね。「これまでにないヴィラン像」というものに。それに成功したかはともかくとして。
今回、なぜか30年近く時代を巻き戻ったようなヴィラン像に、スン…ッてなった自分がいました。
6. 広げれば広げるほど苦しいシリーズの業
『ズートピア』初登場時は鮮烈でしたけど、設定を詰めれば詰めるほど苦しくなるシリーズだと思うんです。
「魚は食べるの?」とか。
「肉食獣は何を食べてるの?」とか。
「異種間の恋愛・交配はないの?」とか。
中央都市ズートピアが100年も歴史があるなら、短命な種族ならもう100代目が住んでたっておかしくない。雑種もすでに立派な新種として種族を確立してておかしくない。シリーズが進めば進むほど、人気のサブキャラも「この動物の寿命は短いので死にました」ということになりかねない。
だからあんまり、深く真面目に考えちゃいけないシリーズだと思うんです。
ジュディ&ニックの凸凹コンビが、今日も街で起こった事件に出動して大手柄!!
それくらいの、かるーいシリーズの方が長続きすると思うんです…。
爬虫類とかに触れたことで、今後ますます「人権問題」が難しくなってくるんじゃないかと…私は勝手に心配で……。
もう、かつてニューヨークに人々が抱いたイメージみたいな、ノーテンキに「夢を追いかける若者!」「なりたい自分になる!」って声高に叫べる時代ではなくなってしまったんですかね…。
「自己のトラウマとコンプレックスに向き合い、セラピーに通い、慎重なコミュニケーションで他者との距離感に気をつけましょうね」というのが、今の世界の中心「ニューヨーク」の姿なんですかね…。
主題歌もなんか、前回ほどの「背中を押そう」というものじゃなかったもんね……。
現実が辛くて辛くて、Zoo-ooh言いながらダンスフロアで踊るしかないのが現代社会なのでしょうかね………。
次の明るい時代に、『3』が作られることを期待します。それでも私はズートピアの世界が好きなので。