旅するトナカイ

旅行記エッセイ漫画

『推し、燃ゆ』ー世間の「当たり前」で、しんどい思いをする人の物語

 

イマドキなSNS炎上話かと思ったらそうではない、嬉しい裏切りだった。

主人公は「推し活」に心血を注ぐ女子高校生。

うまく社会に溶け込めない彼女の、日々の生活や人生に対する切実さがヒリヒリと読者の肌を刺す。

勉強はうまくいかずアルバイトをしても要領が悪く、家族の中でも姉との比較で居づらい思いをし、推しだけに自分の支えを見出す彼女の生き様とはーー。

 

 

登場人物の「生きづらさ」はフィクションではない

勉強やバイト先で周囲の足並みについていけないむなしさ、姉と比較されるコンプレックス、しかしその姉にも、そして祖母との折り合いの悪い母親にもそれぞれにある、しこりや葛藤…。

いつも自分につきまとって離れがたいが、しかし命に危険を及ぼしたり非行に走ったり、すぐにストップがかかるほど悪い状態にまで陥っていないというのがまた、手のつけようがなくてタチが悪い。


見る人が見れば主人公は「推し活に逃避するダメ人間」と評されるかもしれない。しかし彼女が、そして彼女の周囲の人が抱える痛みは、決してフィクションの世界だけの話ではない。

物語の登場人物たちが抱えるコンプレックスやしんどさ、過去の苦い思い出は、形は違えど自分や自分の周りの人にはっきりと重なる。読者は自身を、ある時には主人公に、ある時には姉に、母親に、重ねながらそのジクジクした人生の膿に直面する。

わかる、わかる、わかるーーー。何度も心の奥底で呟きながら一気に読み進めた。

(そして「推し活」を少しでもしたことがある人ならば、彼女の「推し」に対する気持ち、思考、行動にさらに「わかる」が上乗せされる。)

 

 

「普通」に向いていなかった人

この物語の主人公のような、「周りがそつなくやっていることが自分にはできない」ことによって困っている人、悩んでいる人、諦めている人はきっと多いと思う。

「勉強して」「受験して」「働いて」「自活して」…そんな数々の人生の「成長」の関門が押し寄せる中、それをクリアできなかった…いわば「ドロップアウト」した人は、社会の「普通じゃない」という視線に晒される。

「働かないと生きていけないんだよ」という、働ける人、働くことに向いている人にとっては当たり前の「正しさ」が、それに向いていない人を追い詰める。


それは働くことだけでなく、「恋人いないの」「結婚しないの」「子ども欲しくないの」「スマホ買わないの」「この漢字書けないの」「九九できないの」…あらゆる日常に潜む「当たり前」に当てはまる。「当たり前」の側にいない人は、「当たり前」の側にいる人のそんなコメントを受け続ける。

どんなことであれ、世の中には、それをやりたい人だけではない。できる人だけではない。向いている人だけではない。

社会の「普通」「当たり前」によってしんどい思いをする人を、「普通」「当たり前」の言葉で封じ込めていては、なにも解決しない。

 

 

「当たり前」で、人を苦しめないために

まずは、「自分にとっての当たり前」に、常に「そうでない人もいる」と注釈をつけること。

そして「たまたま、向いていなかった人」「たまたま、機会がなかった人」「機会が足りなかった人」に、選択肢を用意すること。


例えば「メモを取りなさい」と言われても、話を聞くことに集中した方がうまく飲み込める人だっている。「メモを取る」だけしか学習方法がないと決めつけていると、その人をずっと「向いていない」やり方に縛ってしまう。

はじめに「メモを取る」をやらせてみて上手くいかなかった時に、違う方法を試してみる機会を用意する。

それも1度で上手くいかなくても「ホラ上手くいかないだろう」と諦めず、手応えがあるなら体に馴染むまで回数を重ねさせる。


なんなら「その作業をその人が覚えなくていい」という選択肢だってあっても良い。

「働くことに向いていない人が、働かなくて良い」という選択肢だってあっても良い。

この本の主人公も勉学やバイトでは活躍できなかったが、「推し」という分野での活躍は誰もが真似できるレベルではないーーそっちに向いている人だった、というだけなのだから。

(今の環境でそんな「甘え」を通用させていては仕事が・社会が回らない! という「できる人・やっている人」側の意見は当然あるだろうけど、「今はその選択肢が整っていない」ことと、「そもそもその選択肢を可能性として考慮しない」ことには大きな隔たりがある。)

 


私は自分に関することであれ自分と全然関係のないことであれ、「選択肢が増えることは良いこと」だと思うようにしている。

しんどい思いをする人が少しでも減るように、あらゆることに、選択肢の多い世の中になっていくことを願う。

 

宇佐見りん『推し、燃ゆ』

第164回芥川賞受賞作

 

 

 

 

 

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「母性」についても同じような話をしています。

何度でも読み直したい。 

 

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