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【書籍】湊かなえ「母性」 - 「母性」なんてものはない

先日の記事(↓)で書いた「森に眠る魚」で母親モノにヤられたので、もう少し読み漁ってみようと思った。

fusako.hatenablog.com

 

近所の田村書店角田光代を探したけど親子モノはあまりなく、ひとまず「かなたの子」は購入。

かなたの子 (文春文庫)

かなたの子 (文春文庫)

 

 

裏表紙を読んだ感じは面白そうだったのだが、表紙があまりにもおどろおどろしいのでちょっと腰が引けて、とりあえず内田樹の本があったのでそれと(内田樹の、ジャンルをまたがって物事を関連づけるモノの考え方が好き)、あとたまたま目に入った湊かなえを購入。

湊かなえの方が読みやすそうな感じがしたので、こちらからスタート。

 

 

母性 (新潮文庫)

母性 (新潮文庫)

 

 湊かなえ「母性」

 

スローリーダーな私が、勢いで1日で読みきった。…というか、1日で読み切らないとしんどすぎて再開できないと思った(笑)

 

女子高生が飛び降り自殺を図ったという新聞記事から、物語は始まる。

悩みがあったようには見えない女子高生と、「愛能う限り、大切に育てた」と涙を流す母親。

「愛能う限り、大切に」育てるというのは、どういうことか?そんな思いで子育てに臨む母親の元で、なぜ少女は死を図らねばならなかったのか?

その疑問を一つずつ解き明かすように、母親目線でつづられる「母の手記」と、娘視点で語られる「娘の回想」が、時系列を追うように交互に語られていく。そこで、かなり内面の歪んだ母親と、そんな母や家族の性質を受け継いで強く生きようとする娘の、心のすれ違い、取り返しつのつかないボタンの掛け違いが、明らかになっていく。

 

レビューを見るとだいたい「母親がウザい」という感想が多い(笑)

確かに私も読めば読むほどこの母親にはドン引きしたが、しかしありえない話でもないし、端から見ればよく頑張るいい嫁に見えるというのがまた世の中簡単にいかないところ。

全ての母親が、母親になる準備が整った上で母親になるわけではない、というのも現実を突いていると思った。そもそも「妻」になるという時点で、「娘」「女」という肩書きにある程度の見切り、諦めをつけなければいけない(人妻たるものがやってはいけないこと・やるべきこと、という社会通念が存在する)。「母」になるということは、「娘」「妻」「女」という肩書きを追いやって、「母」という肩書きに身を置くことだ。自分が可愛がられる段階は終わるし、誰かから一番大切にされることに全力を注いでいる場合ではなくなる。

別に女性だけでなく、男性も同じように「息子」「夫」「父」「男」という肩書きに馴染んでいく必要はあるし、家庭に限らず、組織の中で「先輩になる」「部長になる」「課長になる」という立場の変化に自分を順応させていく必要にもかられるだろう。しかし、それがうまくいかないと、良き先輩、良き上司とは言われない。

 

小説の最初の方で、

母性は人間の性質として、生まれつき備わっているものではなく、学習により後から形成されていくものかもしれない。(p.70)

という一文がある。これには「なるほど」と思った。

 

母親の自覚とか、母性があるかとか、母親たちは子供をうまく可愛がってあげられない時に悩んだりするんだろうけど、そもそも「母性」というものが、人間が立って歩くように時期がくれば自然と出てくる性能などではないのかもしれない。

例えば上級生が「自分の先輩がしていたことを自分も」と思う中で先輩らしく振る舞うようになったり、会社で部長になった人が「部長になったからには」と自らを律する中で良い上司として成長していく、それと同じように、先達を見、周囲の空気を読み、求められていることを察し、自らを律することで「らしく」なっていく。(女らしさ、男らしさもそうだろう。)「母性」もその一つでしかなく、うまく空気を読んで期待に応え、自制する中で「母性のある母親らしく」振舞っている、ただそれだけの話かもしれない。

だから「母親」をうまくできない人でも「自分に母性がないのでは…」と悩むことはないのではないか。上級生になったけど、下級生よりもゴールが下手なことはあるかもしれない。部長らしくいようと思っても、スキルが足りないこともあるかもしれない。母親になって、先達に学び、周囲に気を配っても、どうにもならない不得手もある。キャパもある。それは母性が欠けているからと言うよりも、世間で言われる「母性」という漠然とした概念に、自分がどこまで合わせていくか、ということでしかない。

逆に、母親に世間が求めることを理解できない人、世界が狭くて社会通念が通用しない人は、この小説の主人公のような「お嬢様」「歪んだマザコン」としか映らない。

それだけのことだ。

 

 

さて、小説の感想。※以降ネタバレ

・最初の「娘の回想」でを読んだ時、まるで自分のことを語っているのかと思って驚いた。私にも「あそびがない」。周囲の目を気にしすぎるあまり、子供らしい振る舞いができない。私の場合は第二子だったので親にもあまり目をかけられず、手のかからない良い子だと扱われたことが私のゆとりをなくしていた。一方で、成長するにつれて正論を主張するようになるこの娘の姿を見て、集団の中で自分が切り捨てられることがないという自信があるから声を上げることができるんだと思い、だからこの子は大丈夫だわ、と頼もしく思った。

・たこ焼き屋の「りっちゃん」は途中で気づいたけど「ヒデって誰だっけ?」と思っていて、読後に解説をググって英紀のことだとわかってすっきり。この一家も、なんやかんやで姉妹同士で支え合いながらやっていて、よかった。

・第三者かと思った高校教師が実は娘だった、という仕掛けは面白いけど、でも偶然にも二人の母親が「愛能う限り」なんて表現を使うというのはちょっと無理があると思う。聖書の表現というわけでもないようだし…。

・他の人のレビューを読むと、第三者のような教師が「男かと思った」という人が多かった。私は、母性なんてものに思いを馳せる時点で女だろうと高をくくってたのでそこはつっかからずに読めた。

 

自分の過去の書籍・映画レビューを見ると、その時はわーっといろいろ感じるのに、今では内容もほとんど覚えていないものが結構ある。

主人公の母親のせいでそこそこ胸糞の悪い作品ではあったので(笑)、これも早く忘れてしまってもいいな、と思う。